Saturday, 4 April 2026

大和の父子(おやこ)桜

この4月7日は、戦艦大和が沖縄特攻で沈んだ日である。連合艦隊の司令長官を務めたのが伊藤整一中将であった。そのエピソードを綴った中田整一著「四月七日の桜〜戦艦大和と伊藤整一の最後」は胸に詰まる一冊である。

大和特攻から3週間後に、ご子息もカミカゼで沖縄に突っ込んだ。同じ月に夫と一人息子を亡くした夫人は、二人を追うように逝ったという。現存するご自宅には毎年この時期になると立派な桜が花を付ける。桜の幹は二つに分かれているので、筆者は「父子(おやこ)桜」と呼んでいた。戦争を知らなくても、それを見ると当時の様子が蘇ってくる。


もう一つ、毎日のように通うテニス倶楽部がある。今時珍しいクレーコートで11面もある。整備に時間と手間が掛かるものの、クレーは足への負担が少ないから好評である。

実はその土地はオーナーの祖父が、日露戦争で殉死した弔慰金で買った土地だった。日露戦争では海と陸で25万人もの死傷者が出た。取り分け陸軍の損害は甚大だったが、そこで倒れた人の所縁で毎日元気を貰っている。

敷地にはやはり大きな桜の木が聳えている。倶楽部会員はこの季節、テニスそっちのけで花見をやる。故人がどこかで、目を細めて見ているような気がしている

Thursday, 2 April 2026

歯科のサングラス

 オーストラリアを旅していた時、歯茎が痛くなったので歯科に行った。診察室に入るや、「このグラスを掛けて下さい!」と言われ、サングラスを渡された。


歯科の診察台はライトが明るいので、目をぐっと閉じなくてはならない。ところがそのサングラスを掛けると暗室に入ったような感じになり、グッと安心感が高まるのであった。

帰国してその事を知人の歯科医に話した。一人は年配の歯科医だった。感心していたものの、「へーそうなんですか?」と聞き流していたのが分かった。もう一人は若い人だった。彼は早速iPhoneを取り出し、何やらメモしていた。

彼は暫くして職場でそれを試したらしく、「患者さんにとても好評だった」と報告してくれた。今まで手拭いで目を覆っていたよりスマートだし、医者的にも患者の視線を気にしなくなったという。

些細な事だが、やはり若い人は頭が柔らかいから新しい事に寛容だ。AIやロボットの進化で、世の中は物凄いスピードで変わっている。政治も経営もそうだが、どんどん若い人に任せた方がいい。そんな事を感じた一コマだった。

Wednesday, 1 April 2026

ジンダイアケボノが咲く頃

 今年もサクラの季節がやってきた。この週末は天気も良かったのでお花見日和だった。我が家も恒例の花見を楽しんだ。酒屋で冷えたビールを取り寄せ、料理は近所の奥さんたちが作ってくれた。夕方になると、一斗缶に焚き木で暖を取る。夜まで時間も忘れて延々と続いたので飲み過ぎてしまったが・・・。

日本人は本当に桜が好きである。四季の移り変わりに敏感な国民性から来るのだろう。桜を見ていると、生きている実感が湧いてくる。「散る桜、残る桜も散る桜」の刹那さも好きだ。散るのに美しく感じるのは、詫び錆びの文化である。


ただ何年か前から、その代表的なソメイヨシノが枯れ始めている。昨日も井の頭公園に行ってみたが、昔に比べてスカスカになっていた。そう言えば「ワシントンのポトマック河の桜も枯れ始めた」とTVで言っていた。

我が家の桜も、数年前に一本が枯れてしまった。1mの幹だけは何とか残ったが、今年思い切って新しい桜に植え替えた。樹木医に聞くと「ジンダイアケボノがいい!」というので、植木屋に頼んで小さな苗を植えて貰った。

ソメイヨシノに比べて少しピンク色が強い。まだ2cm程の小さな苗木に一輪付いていた。20〜30年すればこれも立派な木になるだろう。でももうその頃には、私はこの世にいないかも知れない。

それでもその咲き誇る光景を思い浮かべると、楽しみな気分になってくる。樹木医が「動物には寿命があるが、樹木は手を掛ければ永遠に生き続けます」と言っていたのと、何か関係する気がする。

Tuesday, 31 March 2026

神奈川県警とノルマ主義

神奈川県警の相次ぐ不祥事が話題になっている。ストーカー被害の届けを軽視し、女性が殺害された事件は記憶に新しい。今月はパトカーの取り締まりが問題だったと、交通反則金34百万円が返還される異常事態が起きた。その他にも警察官の窃盗、詐欺、セクハラ、暴力団との共謀などが相次ぎ、全く飽きれる限りである。

これらの背景には、安易な成果主義があるらしい。例えば国から貰える「交通安全対策特別交付金」は、反則切符の枚数で決まるという。だから挙って検挙するようだが、取り締まられる方は溜まったものではない。

かく言う私も、その被害者の一人である。昨年暮れに大磯の海を見に行った時だった。高速を降りて暫くすると、後ろパトカーが「車を止めろ」という。何だろうと思っていると、お巡りが下りてきて「インターを出た処で一時停止しなかった」という。止まらずに交差点に入る事は絶対ない自信があったので、「証拠を見せてくれ」と頼んでも「内部情報は出せない」と頑張る。暫く押し問答が続いた挙句、「7000円の罰金切符を切ります。これ払えば済みますから・・・」と言って去っていった。

直ぐにその場で注意されるなら未だしも、5分も走って車が止め易い駐車場まで来た処で尋問されるのも気に入らなかった。きっと彼らは同じことを繰り返しているに違いない。長年の維持して来たゴールド免許が消えるのも悔しいし、何より署のノルマ達成の犠牲になったのに腹が立った。いつもは無縁の警察官だが、この時ばかりは権力に立ち向かう学生のような気持になったのである。

Wednesday, 25 March 2026

悪夢の裏銀座ルート

先日、久しぶりに長野の大町市を訪れた。春とは言っても、北アルプスはまだ雪で覆われていた。その壮大な景色を眺めながら、在りし日のことを思い出した。

あれは30代半ばだったか、その北アルプスの裏銀座に挑戦した時だった。金曜日の夜行電車で行こうとしていた処、急用が入って出発は土曜の朝になった。その半日の遅れが、後で大きな致命傷になった。


裏銀座ルートは大町から垂直に烏帽子岳に登り、野口五郎岳、水晶岳を通り三俣蓮華、双六を経て槍ヶ岳を目指すルートである。一度烏帽子まで登れば、後は尾根伝えの比較的平坦な道が続くと思っていた。ところが双六を過ぎた辺りで陽が暮れ始めた。おまけに疲労が足に来て、一歩進んでは休むという最悪の状況になってきた。

遠くに槍ヶ岳山荘の明かりが見えるのに、ちっとも前に進まない。そして気が付くと野猿の群れが現れ、じっと此方を見ているではないか!今から思えばどうやって山小屋には辿り着いたか思い出せないが、その恐怖と不安で頭の毛が白くなってしまった。

思えば1泊二日か2泊三日のコースだった。若気の至りとは言え、無茶をしてしまった。大町市の小高い丘に登ると、烏帽子岳しか見えなかったが、40年近く前の事がまるで昨日のよう蘇って来た。

Sunday, 22 March 2026

禁酒とヒジャブの国

今話題のイランとはどんな国なのだろう?行った事もないし、唯一出逢ったイラン人はいい印象がなかった。テレビに映るのは何故か男だけ、皆髭を蓄えて目つきが鋭い。でもテニスのアンドレ・アガシは好人物だし、日本で活躍するサヘル・ローズも美しい女性だ。

そんな国を少しでも知りたく、都内にあるペルシャレストランに行ってみた。「営業中」の看板が出ているのに鍵が掛かっていた。ガチャガチャやっていると主人が中から開けてくれたが、店内は昼だというのに暗かった。まさか此処までミサイルが飛んでくるはずもないが、警戒心を感じた。

料理は定番のケバブと豆の煮込みを頼んだ。どちらも塩辛いので、ワインが必要だった。折角なのでイランワインと思っていたら、レバノン産しかない。考えてみれば禁酒の国だから、酒なんてあるはずもなかった。

アルコールだけでなく、イスラム文化は女性に厳しそうだ。ヒジャブで顔を隠さなくてはならないし、結婚も親が決める気がする。昔読んだジェフリー・アーチャーの小説で、英国人と結婚しようとしたインド人女性が、父親に射殺される件を思い出した。

でもこうした風習は、生活の知恵から来ているのかも知れない。豚肉を食べないのは疫病から身を守る為とか、アルコールも灼熱の気候と関係してたり、女性の縛りも良からぬ欲望を生まないとか・・・、いつか識者に聞いてみたい。

Thursday, 19 March 2026

ベネゼイラのWBC優勝

 ワールドベースボールでベネゼイラが優勝した。それもアメリカに競り勝った。ベネゼイラはこの1月、大統領がアメリカに拘束されたばかりである。今回のイランもそうだが、一国のトップが他国に浚われたり殺されたりすれば、誰しも反米感情が生まれる。選手もファンも、その不思議な力を授かったのかも知れない。

ヒトは大きな逆境に直面すると覚醒する。

フレデリックフォーサイスの短編「The Emperor (帝王)」は、それを物語る代表作である。普段は地味な銀行員で、奥さんの尻に轢かれる男がいた。彼はある時誘われ一本釣りの漁に出ると、死闘の末500㎏を超えるカジキを釣り上げた。港に帰って来ると、「銀行なんて、マダムなんて糞くらえ!」と、正に「海の男」になっていたのである。

ジョン・トーランドの「バルジ大作戦」もある。ヨーロッパ戦線末期に、バルジ(突出部分)に取り残された米兵の心境である。普段は贅沢で自尊心が強い兵士が、冬の寒さと支援が途絶えた中で戦い抜いた。著者は「恐るべき戦士に仕上げられた」と言っていたが、死を乗り越えるとヒトは変わるのであった。舞台になったアルデンヌの森にも足を運んだので、身近に感じている。

尤も覚醒も良からぬ方向に走るきっかけになる。太平洋戦争を始めた日本人もそうだったが、追い詰められた生存本能は時として暴走する。今回もイラン人がこれからどう出るか?とても気になる。