Tuesday 15 August 2017

ドリナの橋


旧ユーゴのノーベル賞作家、アンドリッチの名作「ドリナの橋」を読み返してみた。バルカンの旅で訪れたボツニア・ヘルツゴビナの町、ヴィッシェグラード(Višegrad)を舞台にした大河小説である。以前買った本が要約だったことが分かり、改めて全編を図書館から取り寄せた。物語はオスマン帝国時代から第一次大戦に至る町の様子を描いたものだ。人々は時代と共に流れ往く景色のように過ぎ去って行くが、ドリナ川に架かる橋だけはじっと変わらないで見つめている、いう設定である。それは昔読んだバージニア・バートンの絵本「小さいおうち(原題The Little House)」の設定に良く似ていた。

小説は今に通じる迫力がある。時は16世紀、当時はオスマン帝国の領地であった。5年掛けて作ったトルコの橋を壊そうと、キリスト教徒(セルビア人?)が妨害し捕まる。処刑は人間を串刺しにする。串刺しは15世紀にドラキュラ伯爵のモデルになったルーマニアのヴァラド王が有名だ。攻めてくるオスマン軍に対し、トルコ兵2万人を串刺しにし林立させ恐怖を煽った。大事なのは、当時から罪人が死なないように急所を外して刺すことだった。小説にはその生々しいテクニックをさり気なく解説している。更に興味深かったのは、その仕事を任されたのがジプシーだった事だ。

それから、イエニチェリ軍団と言う徴兵制も出て来る。オスマントルコを強くしたのは、敵だった特にセルビア人の子供を強制徴兵したことだった。物語でも10歳になる少年を親から取り上げ連れて行く件がある。子供を追い掛ける母親の叫びが、タダでさえも貧しいバルカンの悲哀と相まっている。またオスマン帝国が衰退する街にはオートリア軍がやってくる。市民は彼らが国境を測量するのを見て、初めてオスマントルコが衰えたことを知るのであった。イスラムの農民が徴兵される時、皮のタスキを擁した軍服は十字を表すので抵抗があったという。その他結婚を望まない娘が川に身を投げる話や、最後はサラエボで起きたオーストリア皇太子殺害がセルビア人によって起こされたことに対し、町のセルビア人が追い立てられる様子も紹介されている。そう言えば、この町から直ぐの処にセルビア国境が走っていた。

読んでいて、意外とオスマンの時代って平和だったと思った。それは時間の流れがゆったり時代だったからかも知れないが、何より他民族が共存していた。

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