第一次大戦にフランスが作ったマジノ線の地下壕はよく保存されていた。べトコンの地下通路は人が一人通れるだけの狭い穴だった。
Wednesday 27 December 2023
地下の戦跡見学
イスラエルとハマスの戦闘が続き、ガザの死者は2万人を超えたという。何とか止める手段はないのだろうかと、手を拱いて願うしかない。そのガザでイスラエル軍は地下トンネルを潰している。全長は550Kmに及ぶという。ハマスの原始的な技術力でよく掘ったと感心する。
というのも先日、日吉の地下にある連合艦隊司令部跡を見に行った時、暗くて狭い通路を歩くととても長く感じられたが、それでも全長は2600mというから、改めてガザの規模には驚かされる。
日吉の地下壕は太平洋戦争末期に艦隊がなくなり、陸に上がった海軍の指令部跡だった。まだ飛行機が残っていたので、そこから特攻のモールス信号を受電していたという。地下壕は1944年7月から3カ月で完成したというから早かった。
同じ地下壕は松代の大本営跡も行った。こちらは完成すれば全長10㎞の地下都市になっていた。天皇も移る予定と聞いて、当時の狂気を見る思いがした。
最も大きかった地下都市は、チェコとポーランド国境のオスフカ(Osowka)の地下司令部であった。ドイツが1943年から作り始め、機関車も乗り入れできる巨大な地下要塞だった。完成すれば全長30㎞というから、反抗に備えたのかも知れない。
その他、朝鮮半島の38度線、所謂非武装地帯(DMZ)にあるトンネルも比較的広かった。北が掘って発見されたものだが、地上ではまだ両軍の兵士が睨み合っていたので、緊張感があるツアーだった。
Sunday 24 December 2023
ナポレオン街道
ナポレオンがエルバ島に流された後、10カ月ほどで島を脱出、パリに戻って帝位を取り戻した。所謂100日天下である。その時に通ったのが、アンティーブから北上しグルノーブルを通る、今ではナポレオン街道と呼ばれるルートである。
同じくこの街道を使い、パリに向かったのがジャッカルであった。フレデリック・フォーサイスの名作「ジャッカルの日」に出て来る殺し屋である。彼は革命記念日にドゴール大統領を狙うが、弾は逸れ計画は失敗する。ただそのルートが魅了的で見ていて飽きない作品である。
例えば出発地点のアンティーブ(Antibes)は、コートダジュールの美しい港町である。ナポレオンの「鷲は鐘楼から鐘楼へと羽ばたき、やがてノートルダムの塔まで達するであろう」の碑も建っている。
ちょっと行ったグラース(Grasse)は香水の町として有名である。ネ(仏語で鼻)と称するブレンド師が世界の香水の調合をしている。日本の資生堂の香水もここで作らられている。街に入ると何とも言えないいい香りが漂ってくる。
また映画にも出て来るが、ラフレ(Laffrey)の村ではナポレオンを捕らえに来た兵士が、逆に彼に心酔して寝返った。側近のネイ将軍も途中で合流した。
遺体のすり替え説
映画の冒頭はトゥーロン(Toulon)の奇襲から始まった。ナポレオン大尉の名を一躍有名にした一戦だった。夜襲と敵陣からの砲撃で英国艦隊を壊滅させた。
映画は ワーテルローの戦いで敗れたナポレオンがセントヘレナ島に流される処で終わる。大西洋に浮かぶその島を知る由もないが、倉田保雄さんの「ナポレオンミステリー」には面白い逸話が載っている。
そのトゥーロンは南仏の軍港である。いつか車で通った事があったが、フランスの町にしては驚く程に汚かった。だからミシュランでは、背後の山からの眺望を薦めている。
ところで映画「レ・ミゼラブル」の冒頭にもジャン・バルジャンがドックで船を引っ張るシーンが出て来るが、それもトゥーロンの造船所である。思えば時を同じくして物語の主人公2人が、奇しくもこの町から人生をスタートさせたのだ。
一つはナポレオンの世話をしていた男の話である。彼の名前はジェン・ユーという何と中国人だった。清皇帝の落とし子として生まれた彼は、中国から英国に渡り際に捕虜になりそこにやって来た。教養も高くどちらも捕らわれの身だった事もあり、ナポレオンとは話が合ったそうだ。
もう一つは、フランス側が遺体を引き取りに来て棺をを空けると別人だった話である。埋葬時と19年後の引取り時に立ち会った側近の証言が門儀を醸しだした。偽物は元ナポレオンの給仕に似ていた。着ていた軍服もパレード用正装から普通の軍服に変わっていた。そこで当時お棺を管理していた英国が、遺体をウェストミンスター寺院に運んだという噂が出た。パリのアンバリッドのお墓は今や一大観光地になっている。本当だったら滑稽極まりない。
またナポレオン自身の子孫は途絶えたが、アメリカに渡った末弟(ジェローム・ボナパルト)の話も紹介していた。ジェロームの孫はハーバードを出て、1935年に入ったのが捜査部(後のFBI)であった。ナポレオンの血が海を越えFBIに流れているという。
ワーテルローの戦い
アウシュテルリッツやワーテルローの戦いシーンは見応えがあった。昔のロシア版「戦争と平和」でも多くのエキストラを使って壮大だったが、改めて今の映像技術に感心した。
随分前だがそのワーテルローを訪れた事がある。今のベルギーだが、小高い丘にライオン像が建っているだけの何もない野原だった。隣接する博物館で当時を再現した映画を見た後外に出た。目を閉じると風の音の中に、馬の肥爪や兵士の怒号が聞こえ来るようで感動した記憶がある。
ワーテルロー勝利を英国でいち早く知り、株で莫大な利益を得たのがロスチャイルド一族であった。英仏独に散った兄弟の情報網の成せる業だった。映画ではその話は出て来ないが、一体彼らがどうやって戦況を知ったのか気になっている。
一方でアウシュテルリッツの場所は何処なのか?今回改めて調べてみたらチェコのブルノ(Brno)の郊外だと分かった。ブルノの町は5年前プラハに戻る途中で寄った。遺伝学のメンデルの生家でエンドウ豆の法則をお浚いはしたが、「地球の歩き方」にアウシュテルリッツは載っていなかった事もあり行きそびれた。やはりミシュランガイドがないと駄目だった。
この戦いの勝因はナポレオンの陽動と分断作戦だった。オーストリア軍を囮部隊に向かっておびき寄せ、本隊を奇襲する作戦が功を奏した。今回映像で見てそれがよく分かった。
ジョゼフィーヌとデュマ
最新の映画「ナポレオン」を観に行った。ナポレオンはヨーロッパ近代史の象徴だけに、見終わってからもあれこれ考えさせられた。4回に分けて綴ってみたい。
映画の半分は最初の妻ジョゼフィーヌとの関係に割いていた。そのジョゼフィーヌはカリブ海の仏領マルティニーク島の貴族の娘であった。映画にも黒人議員が出ていたが、当時から海外県の人達がフランス本国に深く関与していたのが分かった。
思い出したのはアレクサンダー・デュマの父親である。彼はサン・ドマング(現ハイチ)の統治に活躍したローカルの将軍だった。昔読んだ「黒い将軍」という本にその生涯が書かれていたが、そう言えばデュマの顔立ちは生粋の白人ではなかった。「モンテクリスト伯」に出て来る財宝の隠し場所もカリブ風だった。
余談だが、2017年にフランスの人気ロック歌手のジョニー・アルディーが死んだ時、お墓をカリブ海の仏領サン・バルテルミー島に作った。風光明媚な場所でフランス人が静かに眠れるのか、以来気になっている。
ジョゼフィーヌに話を戻すと、ナポレオンとの熱愛関係はやや違和感があった。というのも、一般的には彼女は歴史の脇役と思われていたからだ。ナポレオンには生涯3人の子供がいた。一人は二番目の奥さんマリー・テレーズの子供だったが、後二人は2人の愛人との間に生まれた。他にも女性関係は多かったようだし、こうした演出が英国的と批判される所以なのかも知れない。
Monday 11 December 2023
「ドジャース(Dodgers)の戦法」教本
大谷選手のドジャース移籍が決まった。契約金額も10年で7億ドルと破格である。円に直すと年間100億円になる。日本の12球団の年俸総額が400億円というから、その大きさが分かる。
ドジャースでは野茂英雄や最近では前田健太などの日本人も多く活躍した。エンジェルスと同じ西海岸で、気候も温暖だから当初から本命だった。やっと決まったので新天地で頑張って欲しいと思っている。
ところでそのドジャースだが、昔から日本と関係が深かった。特に読売ジャイアンツの監督だった川上哲司は、1954年に出版された野球教本「ドジャースの戦法(The Dodgers` Way to Play Baseball)」を取り入れ、V9に繋げた話は有名である。
ドジャース戦法とは、守備力を重視した野球である。今では常識になっているが、ヒット&ランや犠打を紹介したのもこの本だった。川上はこの本をヘッドコーチの牧野茂に読ませ、1961年にはアリゾナで巨人とドジャースの合同合宿も実現させた。
実は子供の頃に、その牧野コーチのお宅に伺った事がある。親同士が友達だった縁だが、広岡や藤田のファンだったこともあり、沢山のアルバムやトロフィーを見て興奮した覚えがある。帰り際に何枚かの写真も頂いた。その中の一枚が、そのキャンプで撮った若き長嶋、王、金田選手であった。 勿論撮ったのは牧野さんである。
今では宝物であるが、こうして半世紀を経てまた新たな関係が始まるかと思うと感慨も一入である。
Friday 8 December 2023
連合艦隊と酸素魚雷
暫く前の日経新聞の「リーダーの本棚」欄に、静岡がんセンターの山口総長が出ていた。氏の父親も医者で、ラバウルで軍医として終戦を迎えたという。その影響なのか、座右の書は意外にも伊藤正徳の「連合艦隊の最後」だった。組織として理念、戦略、戦術、システムを考える上で、海軍はその手本というのが理由だった。
早速その本を取り寄せ読んでみたが、出版がまだ焼野原が残る昭和30年という事もあり、著者の気迫と無念感がにじり寄る一冊だった。確かに開戦時に254隻、その後383隻もの軍艦が建造されたが、終わってみれば49隻という事実がそれを物語っていた。
本の後半に酸素魚雷の話が出て来た。その速度、射程、爆薬量で英米を遥かに凌駕していた。その技術を転用した人間魚雷「回天」の成功率が高かった事もあり、終戦直後にサザーランド参謀長が真っ先に潜水艦の居場所を聞いた逸話も紹介していた。
そう言えば昔、東海岸のアナポリス(海軍兵学校)を訪れた時、校内にその酸素魚雷が置かれていた。そこは太平洋戦争の日本コーナーで「ミッドウェイ海戦を境に戦局が好転した」の碑もあり、しばし立ち止まって思いを馳せた。
また著者は戦争末期の指揮官の在り方に批判的だった。昔は東郷元帥のように陣頭指揮していた時代から、最後は日吉の地下壕から無線で命令を出すようになったからだ。士気も上がらないし無線の精度も悪い。その失敗が電波が届かず謎の反転が起きたレイテ戦だった訳だが、分かるような気がした。
Tuesday 28 November 2023
下部大会の報酬
先日、慶応の日吉で行われたテニスのチャレンジャー大会を観に行った。その日は準々決勝で、冬日とは思えない暖かい日に多くのファンが詰めかけていた。
中でも予選から勝ち上がった内山選手と中国系オーストラリア人のリ・トゥ(L.Tu)選手の一戦は見応えがあった。結果は第一セットを7/5で取った内山が第二セットも7/5で競り勝った。ただランキングは内山が297位、トゥが247位とほぼ互角、そのため試合はどちらが勝ってもおかしくない展開だった。
最後はトゥ選手がドロップショットをミスして終わったが、彼は次の瞬間、持っていたボールを林の中にぶち込んだ。これには誰しもびっくりしたが、競り負けた悔しさが伝わってきた。
彼は遥々オーストラリアからやって来てこの大会では2勝もしたが、その報酬(賞金)はたった2200ドル(33万円)だった。ホテル代や飛行機代を払っても足が出る額である。改めてプロの厳しい現実と、一戦に掛ける思いも知った。
普段はジョコビッチやフェデラー、野球で言えば大谷などのスター選手しか見てないから分からないが、こうして下部大会を垣間見ると、スポーツ界の生の人間模様が見えて来る。
Monday 27 November 2023
別れの友
「あれ、今日Wさん来てないの?」「聞いてないの?Wさんは癌が見つかったらしいよ!」
そんな何気ない会話から始まって、テニス仲間のWさんの病気を突然知った。それもレベル4という。レベル4の上は5があるかと思いきや、0から始まるので最高位の末期症状だった。末期だからもう手術すらも出来ないという。普段元気でコートを走り回っていた人だけに、驚きも大きかった。
そんなWさんが先日ひょっこりコートに現れた。少し瘦せたとはいえ、元気に相変わらずの軽口をこぼしていた。奥さんに「スノータイヤに替えたからこの冬は大丈夫だよ、と言ったら泣かれちゃったよ!」と自嘲気味に話すと、一同シーンとしてしまったが。その日は何もなかったかのようにプレーをして帰って行った。
思えば誰しも、この世に生を受けた時から終わりに向かって生きている。だから今更驚く事ではないかも知れないが、やはりそれが現実になると話は別である。突然別れがやって来られても、中々受け入れられるものではない。
そんな中、旧友のM君の訃報も届いた。昨年雨の中で一緒にゴルフした後、体調を崩して気になっていたが真坂の知らせだった。実直で寡黙な人だった。最後に澤乃井の大吟醸を飲んだ時を思い返しては、青春の在りし日が蘇ってくる。
Monday 20 November 2023
季節の濁り酒
先週の木曜日はボジョレヌボーの解禁日だった。季節の風物詩と思い、早速味わった。毎年「今年は出来が良く・・・」と宣伝されるが、正直味の良し悪しはよく分からない。それでも取り立ての新酒が、遥々地球の裏側から運ばれて来たか!と感慨も一入ある。
処でこの春に学生時代の仲間と中尊寺を訪れた事があった。立派な建造物に改めて日本の文化に感心した次第だが、その帰り道の一ノ関駅で買った酒がまた旨かった。酔仙酒造の「雪っこ」という濁り酒であった。
濁り酒は普通ドロドロして酵母が口に残るが、これはスッキリして実に口当たりがいい。
すっかり気に入ったので、その時は何本かアマゾンで取り寄せて飲んだ。あれから半年余り、今年もまた寒い冬がやって来た。今年の新酒も出たのでまた注文した。そろそろ届く頃なので楽しみだ。
同じ様に旨いと思っている濁り酒に、菊水酒造の「五郎八」もある。原酒の「ふなくち」は時間と共に味が変化するので有名だが、こちらも中々いける。暖かい鍋をつつき乍ら、冬の夜長を送っている。
Saturday 11 November 2023
魔法の言葉
ラジオを聴いていると、駐日大使のエマニュエルさんが面白い事を言っていた。それは「日本に着任してから何が一番印象に残りましたか?」という問いに対する答えだった。
彼は「皆さんは富士山と言う答えを期待しているかもしれませんが違います」と前置きしてから、「それは黄色い帽子を被った子供が横断歩道を渡る光景です」と言う。子供が止まった車の運転手にお辞儀する仕草が、何とも珍しく微笑ましいらしい。
確かに言われてみれば、外国では止まった車に会釈する習慣はない。何でも譲り合い謝る国民性の延長だろうが、外国の人から見ると美徳に映るようだ。
昔から外国人に教えられ、初めてその価値に気付くのが日本人である。浮世絵やミシュランの高尾山はそのいい例だが、改めてソフトの部分でも希少価値を認識した次第だった。特に昨今のアラブとユダヤ、ロシアの戦争を思うと、緩やかな国の文化に感謝するのである。
処で私の場合、「フランスに住んで何が一番印象に残ったか?」と聞かれると、大使に準え「エッフェル塔でも凱旋門でもありません、それはフランス人の挨拶です」と答える。
日本の「おはよう」は儀礼的で抑揚がないが、フランス人はボンの次のジュールを一オクターブ上げるイントネーションが特徴である。大きな声で、しかも必ず相手の目を見て話すから猶更インパクトが大きい。この一言で本当に朝が明けた気分になり楽しくなる、正に魔法の言葉である。フランス人の挨拶は世界一である。
Saturday 4 November 2023
万博は中止にしたら?
大阪万博まで1年半を切ってきた。参加国は153もあると言うのに未だパビリオンは一つも出来ていない。建設資材や人件費も上がって、政府は先日1000億円の追加支援を決定したが、本当に大丈夫だろうか?
作家の筒井康隆さんが「今からでも遅くないから止めたらどうか?」と言っていたが、全く同感である。そもそも巨大な箱もの陳列は、今の時代に即しているのか?甚だ疑問である。
昔ドイツ人と仕事をしていた頃、良く仕事の進め方で議論をした。日本人とドイツ人は共に気帳面な国民性だが、効率性で大きく異った。
それは意思決定のプロセスで、日本人は議論を積み上げるボトムアップ型なのに対し、ドイツ人はトップが方向性を出し部下がその裏付けを取るトップダウン型であった。彼らから「そんな事をしていたら、いざという時に引き返せないじゃないか!」と良く言われた。長時間掛けた部下の苦労を水に流すのは忍び難く、変だと思ってもついついハンコを押していた時だった。
今回の万博はそのいい例である。インパール作戦に準える人もいるが、正に氷山に向かって突き進むタイタニック号に思えてくる。
余談だが、前回の万博の特に岡本太郎の太陽の塔が話題になった。以来彼の芸術性が定着し、大した作品でもないのに持て囃されている。渋谷駅に掛かっている巨大な「明日の神話」はその典型である。原爆の惨事を描いた絵だが、朝晩の通勤で下を通る度に気分が悪くなった。同じように不快感を持つ人はいないのだろうか?
Sunday 29 October 2023
LGBTと日本保守党
暫く前に 役所の人と話していると、「霞が関には二つのタブーがある」と言う。
一つは東日本大震災である。悲惨で不運な天災だったから、ネガティヴな言動は一切ご法度と言う。例えば被害地の復興に非効率があっても、スルーしなくてはいけないらしい。言われてみれば、何となく分かる気がした。
もう一つは性同一性障害者への対応である。役所にも「私は女性」と名乗る男性がいて、トイレが問題になったと言う。結局彼の為に特別のトイレを用意したらしいが、大きな代償を嘆いていた。
そんな中、未だ世論が煮詰まってないというのに、先日LGBT法が成立してしまった。米国の要求に屈したらしいが、そんな岸田内閣に憤りを感じている人も多いと聞く。
ノンポリの友人もその1人で、「これを契機に百田尚樹の日本保守党の会員になった」と聞いて驚いた。そんな党あったっけ?と思って調べてみたら、会員数は既に5万人を超え、維新の会を上回る勢いであった。
勿論公約にはLGBT法の改正も入っていた。安全保障や外交、憲法改正など極めて現実的で、同感する人が多いのも頷けた。「フランスの国民連合(RN)のような極右派が出れば票が入るのに!」と思っていた矢先だったので、やっと始まったかと思った。
役所のタブーは予算が無条件で付くことである。タブーはあってはならないのだ。
Sunday 22 October 2023
イスラエルと時計の針
イスラム過激組織ハマスが、イスラエルを奇襲してから2週間が経った。イスラエルも空爆で応酬し、既に双方で死者は5000人を超えて来た。地上戦を控えて更なる被害が予想され、世界は固唾を飲んで今後の成り行きを見守っている。
私は中東に行った事もないし、パレスチナ問題についても全くの素人である。ただ有史以来続くユダヤとイスラムの対立だから、改めて今更と思っている。憎悪は世代を超えて受け継がれ、終わりなき抗争は本当に気の毒である。
こんな事を云うと怒られるかも知れないが、そもそもイスラエルを建国したのが大きな間違いだと思っている。第二次大戦後までこの一帯は元々はパレスチナ人が住む土地だった。そこにローマ時代に離散したというユダヤ人を呼び戻したのが発端だ。悪いのは英国である。勿論その背景にはホロコーストがあったのだろうが、時計の針を巻き戻してはいけなかったのだ。
ハマスにしても人質を盾にするのは許されないが、パレスチナ人が土地を次々に奪われ、多くの難民と残った人は狭いガザ地区に押し込められる現状に爆発するのも分かる。
所詮は旧地主と新規の入植者の土地争奪戦である。中東は地図で見ると広い。人の住んでいない砂漠も多い。近隣諸国も含めて何とかならないのだろうか?
Sunday 15 October 2023
シンガポールの車事情
20年程前にシンガポールに住んでいた事がある。暑い国だからどこもクーラーが効いていた。人々は一日中そのクーラーに当たっているので、長袖シャツを常用していた。
移動はもっぱら自動車で、近くのビルに行くのにも自動車を使った。初めは自転車でも買おうとしたが、仲間から「この国は余り自転車を使わない」と云われた。確かに車道を走っているチャリは殆どないし、これも暑さ対策かと思った。
その自動車だが昔から高かった。当時でも価格は日本の3倍で、例えばカムリでも800万円はしていた。必然的に車はステータスシンボルになり、「レクサスに乗っている!」などと話せば羨望の眼差しが注がれた。
そんな車事情だが、最近は更に高くなっているという。例えばカローラでも円換算で2200万円と云うから、もう完全に常軌を逸している。この理由はCOEと呼ばれる車の購入権の高騰である。狭いお国柄ゆえの台数制限策だが、需給ギャップの成せる業は恐ろしい。
シンガポールは狭い島国である。車で1~2時間もあれば一周してしまう。車にそんなにおカネを掛けてどうするの?と思ってしまう。つくづく日本に住んで良かった。
Tuesday 10 October 2023
スロベニアという国
男子バレーボールで、日本チームのオリンピック出場が決まった。普段は殆ど見ることのないバレーボールだが、今回ばかりは観戦に熱が入ってしまった。
その対戦相手はスロベニアであった。人口200万人の小さな国だが、旅をして感じたのは地理的なユニークさであった。
スロベニアはイタリアとオーストリアに国境を接している。ユーゴスラビアが解体した時、最初に独立出来たのがスロベニアだった。
理由はイタリアからアメリカ軍が入って来て、独立の支援を受けるのに成功したのであった。コソボなどは未だに内戦が続いている場所もあるがこれは大きかった。旧ユーゴの中でGDPが一番高いのもその為である。
ただその反対もあった。戦後に鉄のカーテンが下りた時、国境の町では市内が分断されるなどの事態が起きた。今でもその跡が残っていたが、南北朝鮮のように家族も離ればなれになってしまった。
また第一次大戦の頃は、イタリア軍とオーストリア・ハンガリー軍が対峙した舞台になった。ヘミングウェーの「武器よさらば」に出てくる山岳地帯は今のスロベニアである。ゲーリー・クーパー演じるアメリカ人兵士はイタリア側で参戦するが、最後は恋する看護婦の元に逃亡する。行先はスイスだった。北の国境を越えオーストリア経由で向かったのだった。
Wednesday 4 October 2023
ジビエと小鹿物語
食の秋である。特にこの時期、フランス料理ではジビエが出て来る。イノシシ、鹿といった野生動物である。この春、友人の息子さんが仕留めた獲物を振る舞う会があった。有名なシェフが料理してくれ皆で珍味を堪能したが、後で胃が持たれてた。やはり歳を重ねると食べ慣れた寿司やそばの方がいい。
その時、鹿の肉を食べながら思い出した事があった。それはグレゴリー・ペック演じる「小鹿物語(The Yearling)」だった。小鹿を通じて子供の成長を見守る感動作である。
小鹿は最初は可愛いが、次第に成長するにつけ農作物を食い尽くすようになる。最後は射殺されるが、そのショックを乗り越え子供が成長する様子が素晴らしい。取り分け父親の寛容と優しさには何度見ても心を打たれる。
その小鹿を飼うようになったのは、父親が森の中でヘビに噛まれた事がきっかけだった。彼は咄嗟に近くにいた親鹿を撃留め、その肝臓で毒を吸い出して一命を取り留めるのであった。鹿の内臓は殺菌効果があったのだ。開拓時代の人は逞しかった。
余談だが、昔パリのアパートで野兎の子供を飼っていた事がある。ただ大きくなり過ぎて手に負えなくなった。そこで近くのブーローニュの森に放す事にした。別れを惜しんでその場を去ろうとすると、どこから現れたのか男がさっと拾い上げて持って行った。その晩は彼の胃袋の中に納まったかと思うと心が痛んだ。
よく日本人は農耕民族で西洋人は狩猟民族と言われる。身近な事だが、こうしてジビエに接するとその違いが良く分かる。
Friday 29 September 2023
こんな所に日本人
「こんな所に日本人」というTV番組がある。毎回見ている訳ではないが、アフリカや南米の奥地に住んでいる日本人に驚かされる。日本人は中国人と違ってこういう人は稀である。聞くと色々な事情があるようだが、兎に角逞しい。
1人旅をしていると、そんな日本人に意外な所で出会う。アイルランドの片田舎のホテルの受付に「招き猫」が置いてあった。主人に「これを置いておくとお金が入ってくる!」と話していたら、隣にいた女性が「日本の方ですか?」と云う。イタリア人に嫁いだ日本人女性で子供も一緒だった。「招き猫」が無ければお互い気が付かなかった。
ハイデルベルグで会った若いアジア風の女性も、最初は英語で話していたが暫くして日本人だと分かった。フランスのアンティーブのパブで会った男もいた。彼は常連で何故こんな所に住んでいるのか不思議だった。
かと思えば過去の足跡もある。「アラモの砦」には大正時代に日本人が贈った碑があった。長篠の戦いと思いを重ねたようだった。やはりテキサスの「太平洋戦争記念館」には、ハワイ攻撃で使った酒巻少尉の特殊潜航艇と日本庭園があった。モンマルトルの墓地にもUsuiという立派な墓があった。このブログでも書いたが、そういう時には土地にグッと親近感が湧くのであった。
先日もサマーセット・モームの「月と6ペンス」を再読していたら、何と日本人が出てきた。場所はマルセイユの港町の酒場であった。彼は日本軍艦の水兵だった。おそらく第一次大戦の頃に寄ったのだろう。明治大正の日本海軍は世界を股にかけていた。
Friday 22 September 2023
サンフランシスコの死骸船
暫く前にモロッコのマラケシュで大地震があった。映画「カサブランカ」に出てきたような大きなバザールが崩れていた。30年程前に行った時、迷路に迷い込み怖い思いをした事を思い出したりしたが、土で作った家屋は脆かった。
同じ頃、リビアでも大洪水が起きた。ただアフリカの土地勘がないので、こちらは場所が何処なのかピンと来なかった。凡人には行った行かないの経験則は大きい。ただ想像力が逞しい人にとっては、そんな事は問題ではないらしい。
「80日間世界一周」で有名なジュール・ベルンは、見た事もないアフリカで立派な探検記を残している。「サハラ砂漠の秘密(L`Etonnante Aventure de la Mission Barsac)は、象牙海岸の奥地を3000㎞旅する小説である。兄の不信な死の汚名を晴らす妹の高貴さと、フランスが19世紀にアフリカに影響力を持っていた様子がうまくマッチしていた。
同じくジュール・ベルンの中国を舞台にした「必死の逃亡者(Les Triburation D‘un Chinoies en Chine)」もあった。主人公の中国人には父親が残した莫大な財産があった。彼の父親は、開拓史の時代にサンフランシスコで死骸信用金庫の理事長をやっていたからだ。当時は大陸横断鉄道建設に多くの中国人が使われていて、彼らは死ぬと中国に送り返された。その運搬船を「死骸船」と呼び、父親はその事業で莫大な財を築いたのであった。
ただここまで来ると、どこまで本当の話なのか流石に疑わしい。一方でどちらも一度も行った事がないのによく書けると感心してしまう。流石SF小説の元祖であった。
Thursday 14 September 2023
テート美術館展
未だ暑さが続くが、暦の上ではもう秋である。秋は芸術の季節、ならばと開催中のテート美術館展に行ってみた。行ってビックリ、平日なのに多くの人が並んでいた。既に来場者も10万人を超えたというから、入場料を2200円として2億円以上の収入になる。賃料がいくらか知らないが、きっと企画は成功したのだろう。
目に付いたのは来場者の装いだった。気のせいか奇抜な服装の若い女性が目立った。美大関係の人だろうか?、将又会場は乃木坂の一等地だからおしゃ目的なのだろうか?勝手に想像しては楽しんだ。
ただ肝心の展示の方は見てガッカリ、展示数が圧倒的に少なかったのであっという間に終わってしまった。お目当てのターナーは数点、コンスタブルに至っては油絵が2点のみと貧弱だった。代わりに光をモチーフにした近代オブジェがあったが、例によって芸術性を全く感じない代物で素通りした。
ロンドンのテートギャラリーには、有名な「オフィーリア」など今回来ていない作品が沢山あるやに聞いている。もうちょっと出して欲しかったというのが正直な気持ちである。ともあれ、日本でもスマホの写真撮影がOKになった事を知ったり、芸術に触れるとやはり一日が豊かになるなど、実り多き秋の一日になった。
Tuesday 12 September 2023
ジャニーズの性的虐待
児童の性的虐待といえば、今は何と言ってもジャニーズだろう。詳しい事は知らないが、BBCの報道などを読むと本当に心が痛む。20年以上前から最高裁でも取り上げられた問題だと聞く。もっと早く向い合えば、どんなに多くの子供たちが助かっただろうと残念だ。
大人たち、取り分けマスコミには強い怒りを感じる。いけない事は分かっていても商売優先で看過して来たのは、ビックモーターと保険会社の関係と全く同じである。
この問題はジャニーズに限らず、世界的に慢性化しているから質が悪い。シドニー・シャルダンの「Memories of Midnight」に出て来るモデルのケニーは、8歳の時に叔父から被害を受けた。以来夜になると電気なしでは眠れなくなり、結婚はしても肉体関係は拒否した。
「ミレニアム」でも若い女性が次々と失踪する。ドラゴンタツーの女が事件を追う内に、一枚の写真に写っていた少女の怯えた視線から犯人は叔父と突き止める。彼女もその被害者の一人だったが、身内から逃げるのがどんなに大変だったかが伺える。
そんな被害に逢った女の復讐劇が、クリント・イーストウッドの「ダーティーハリー」である。若い時にレイプされた女性が、成人して加害者の男を次々に殺害する話である。被害者の特徴は陰部を撃たれた形跡があった事から、事件が遺恨がらみの女と分かった。中々真似出来る事ではないけど。
ただ子供の中にはプラスマイナスプラスと受け止める人もいる。BBCでもその一人が紹介されていた。先のシドニー・シェルダンの小説でも、神父と寝る少年は路上生活から抜け出て生活の糧と割り切っていた。人によって受け止め方が違うだけに問題は複雑である。
Wednesday 6 September 2023
告解の漏洩
社会に出て最初に困ったことの一つに、悪いニュースの伝え方があった。上司に「間違ってしまいました!」と云うと怒られるのに決まっている。だからと言って隠す訳には行かない。今から思えば、予め解決策を用意してセットで持っていけば良かった。ただ当時はそんな技を知る由もなく、馬鹿正直だけでは世間を渡れないと知った。
処で教会には「告解」がある。過ちを告白して罪を赦してもらう儀式である。私はキリスト教の信者ではないから試したことはないが、知人によると告解をすると気が楽になるらしい。 その告解の内容が外に漏れる事もある。神父も人間だから一人心の中で閉まっておけないのだろう。
シドニー・シェルダンの「Memories of Midnight(真夜中の記憶)」では、若い弁護士が外部からの圧力に屈し死刑判決を出したことを後悔し、「自分は殺人を犯した」と告解する件が出て来る。そして神父は我慢出来ずにその話を外に漏らしてしまう。すると若い弁護士は闇の世界に消されてしまうのであった。
告解はフレデリック・フォーサイスの「オデッサファイル」でも出て来た。死の床に就いた女性はナチの逃亡者リストの場所を知っていた。神父に化けたモサドが近寄り、告解して罪を償うように諭す。女性は全てを語り、モサドはファイルを手に入れるのであった。
ところで先のシドニー・シェルダンの小説で、神父が漏らした相手は同性愛でベットを共にした少年であった。少年はカネ欲しさにその情報を売ろうとして発覚した。暫く前にカソリック教会の性的虐待も話題になった事を思い出し、さらりと物語に取り入れた著者のリアルさが凄かった。
Wednesday 30 August 2023
チャイコフスキーとウクライナ
ワグネルのプリゴジンが殺された。6月の反乱以来その消息が途絶えていたが、やはりプーチンが許さなかった。改めて政敵を容赦しないロシアの風土を感じた。思えばイワン雷帝、ピョートル大帝も凄かったが、スターリンに至っては4000万人も粛清したというから今更驚く事ではないのかも知れないが。
太平洋戦争末期の記憶からも、ロシア人は野蛮というイメージがある。ただ一方でトルストイやソルジェニーツィンなどを読むと彼らはとても人間的だし、チャイコフスキーの美しい旋律からは想像出来ない。やはり1%の独裁集団が富の50%を握っている国だから、独裁者と民衆は別物と考えた方がいい。
そのチャイコフスキーだが、先日弦楽四重奏1番の2楽章を聴いた時、その曲が彼のウクライナ旅行の際に出来た曲だと知った。甘く子守唄のようなメロディーは、今のウクライナの悲劇とも重ねると切なく聞こえた。
チャイコフスキーは生涯独身だった事もありよく旅をした。エストニアのハプサルというバルト海に面した町があるが、毎年夏になると彼は汽車に乗ってやってきた。バルト海は波がないので死んだような海の景色だが、そこで生まれたのが何とあの「白鳥の湖」だった。これは2011年7月22日に「白鳥の海」と題しこのブログで書いた。あれから大分月日が経った。
Saturday 26 August 2023
慶應の優勝
甲子園の夏の大会で慶應高校が優勝した。107年ぶりというが、その頃生きていた人は居ないから殆ど初優勝みたいなものだ。甲子園に出れるだけでも大変なのに、準々決勝、準決勝と勝ち進むうちにひょっとしてと思い始めた。一段一段階段を登って来た感覚だけに、感慨も一入である。
話題になったエンジョイベースボールだが、昔から野球に限らず非難する人は多かった。私の場合はテニスだったが、まず勝つ事が大事なのに楽しむとは何事か!と言われた。今から思えば、ゴールは同じなのに表現の仕方が気に食わなかったようだ。
見ていて快かったのは選手の笑顔だった。仙台育英もそうだったが、失敗しても笑い飛ばしていた。未だにテニスでミスをすると、組んだ相手に「すみません」と謝るのが決まり文句になっている。今更どうしようもないが、その呪縛から抜け出せた人は生き生きしていた。今の若い人が羨ましくなった。
コーチの存在も大きかった。大学の体育会でレギュラーになれないと、学連や高校のコーチに就く人が多い。そこで腐ってしまうと思いきや、監督の森林さんのようにその道を極める人が実に沢山いると知った。組織力というか、勝因はアルプススタンドの応援だけではなかったのだ。
最後に気になったのが選手のプライバシーだった。連日TVに映し出され紹介されていたが、所詮は子供である。試合が終われば又学校に帰って普通の生活が待っている。マスコミもその辺十分気を付けてもらいたいと思っている。
Tuesday 22 August 2023
ガヴローシュの閉店
ロンドンの老舗フレンチレストラン、「ラ・ガヴローシュ(La Gavroche)」が来年1月で閉店する事になった。シェフのミッシェル・ル―Jr.は当年63歳、BBCの料理番組でも活躍し、ロンドンマラソンにも13回出場すスポーツマンである。
レストランは67年前に彼の父が始めた。ミッシェルはその2代目としてミシュラン2つ星を獲得するなど正に脂がのっていた。その彼が仕事と家族のバランスを考え、特に後者との時間を余生に充てる事にした。絶頂期の引退だけに惜しまれる一方、その生き方が共感を呼んでいる。
弁護士や会計士、医者もそうだが、終身働き続ける人は多い。そういう人に会うと必ず「仕事は健康に資する」と諭される。確かにそうかも知れないが、最近では「そうでない時間も奥深い」と秘かに思っている。
処で先の店の名前のガヴローシュは、レ・ミゼラブルに登場する少年に因んでいる。腹黒いテナルディ夫妻の長男として生まれた彼は、親の愛を受ける事なくパリの路上生活に入る半ば孤児であった。物語ではジャンバルジャンを探しに潜伏していたジャヴェール警部を見つけ出すなどの活躍をするが、最後は市街戦の流れ弾に当たってしまう。
店には行った事はないが、料理にシェフの人間味が伝わってくるような感じがする。
Sunday 20 August 2023
松代の大本営地下壕
今週は78年目の終戦記念日だった。最近は気のせいか随分と静かになって来たが、それでも1週間程前から映画「日本のいちばん長い日」に準え、当時の御前会議や宮中クーデターに思いを馳せた。
戦争を始めるのも大変だが、終わらせるのはもっと難しい。今更だが決断来て本当に良かったと思う。ただもっと早く終わらせる事は出来なかったのだろうか?最近ある話に出逢って余計その念を強くしたのである。
それは松代の大本営跡に行った時だった。今回で2回目の訪問になったが、本土上陸が迫る中、天皇一家を疎開させるべく、松代に作った大地下壕である。全長10㎞に渡り完成すれば1000人が暮らせる地下都市である。60万人が工事に携わり、慰安所もあった。
今回驚いたのはその地下壕と沖縄戦の関係であった。地下壕の建設は1944年10月のサイパン陥落がきっかけになって始められたが、その工事完成までの時間が必要だった。沖縄戦はその時間稼ぎだったという。
それを知って唖然とした。戦争末期の軍は完全に常軌を逸していた。あと1年早く終戦していたら、広島、長崎だけでなく日本の地方都市が昔のまま残ったかと思うと猶更である。
処で日本では終戦記念日というが、ロシア、中国、イギリスも戦勝記念日になっている。日露戦争や日中戦争の戦勝記念日はないから何か不快な感じがするが、負けたから何も言えない。ただオーストラリアの追悼日(ANZAC Day)の4月25日は敗戦記念日である。第一次大戦で豪NZ連合軍がガリポリに上陸して敗れた日である。中にはまともな国もある。
Tuesday 15 August 2023
孤児のトラウマ
随分前にルーマニアを旅した時、首都のブカレストは治安が悪いので気を付けろと言われた。原因はストリートチルドレンと云われる孤児であった。チャウシスクの時代に出生率を高めようと、中絶・避妊を禁止した結果、急増した子供達であった。
彼らは初め孤児院に入れられたが、チャウシスク時代が終わると路上に溢れマンホールなどで生活していた。その子供たちがその後どうなったか知る由もないが、子供の頃の記憶はトラウマになるから、社会の不安定要因になっているのだろう。
そんな事を思い出したのが、シドニー・シェルダンの「Angel Of The Dark」であった。物語は金持ちの男が次々と殺害されるが、妻は暫くして姿を消す奇妙な事件だった。残された多額の財産も、妻は孤児院に寄付するのでカネ目的の事件とは思われなかった。
やがて犯人が捕まるのだが、彼の動機は子供時代に父親から捨てられた恨みだった。彼はその復讐に、孤児院時代に知り合った女を金持ちの元に嫁がせ、入念に殺害の準備に入るのであった。
シドニー・シェルダンの小説は途中までとても面白いのだが、オチが今一である。今回も実際そこまでするか?と思う節があったが、ユダヤ人の描く人間関係は相変わらず蘞(えぐ)かった。
同じパターンの殺害をアメリカ、英国、フランス、香港、インドで繰り返す。そんな展開は欧米人にしか書けないスケールがある。
Saturday 12 August 2023
マウイ島の火災
世界中で熱波の火災が起きている。昨年はオーストラリアが、今年はイタリアやスペイン、ギリシャなどで大規模な山火事が起きている。ただ地球の裏側で今一つピンと来なかったが、一昨日ハワイのマウイ島の火事を見るにつけ、現実味がグッと増した。
ハワイ諸島の中でもオアフ島は観光客が多く都会ぽく、ハワイ島は自然が多く素朴である。その点マウイ島は適度なバランスが素晴らしく一番センスのいい島である。特に高級リゾート地のカアナパリは憧れの地で、昔伝説のディラーのSさんが、その一室から電話一本で大金を動かしていたなんて話を聴くと、益々憧れを強くした記憶がある。
今回のマウイ島の火災ではそのカアナパリを含め、綺麗な商店街が続くラハイナなどが殆ど消滅したという。既に50人以上の人も命を落としたらしい。地中海のストロンボリ島で、住民が船で海上に避難する光景を思い出したが、火の手が早く間に合わなかったのだろうか。
火事に遭うと家や家財、場合によっては命も失う。かく言う私も引っ越し荷物が全焼した事があった。引っ越しが終わりホテルで過ごしていると、日通から電話があり「放火で倉庫が全焼してしまいました!」という。一瞬何の事だが分からず茫然とした。
家財が焼けて困ったのは、過去の記憶が希薄になる事だった。その時初めてヒトの思い出が写真や土産物といったモノに紐付けられている事を知った。モノが無くなると記憶が曖昧になり、場合によっては過去が消えてしまうのである。いい例が戦争である。ポーランドや韓国のような大国の狭間にあって焼失が大きかった国は、歴史のアイデンティティーが希薄になるのはその為の気がしている。
マウイ島の悲劇はそう簡単に忘れられるものではないだろうが、島がなくなった訳ではない。ブーゲンビリアとハイビスカスの香りに囲まれたハワイである。逞しいアメリカ人の事だから、きっと又再建してくれることを願っている。
Wednesday 9 August 2023
政治家の海外出張
自民党の女性議員がパリで撮った写真が炎上している。研修と称した観光だったのでは?とマスコミが騒いでいる。その通りで、今回も実態は子育てを冠した女性党員の慰安旅行だったのだろう。松川議員の脇が甘かったに尽きるが後の祭りである。
暫く前にも岸田首相の長男も話題になった。ロンドンに付いて行った時、公用車でハロッドに大量のネクタイを買いに行った。未だにこんな事やっているの?と呆れた人は多かったと思うが、それが内閣の閣僚への土産と聞いてダブルで驚いた。
海外に出ると気が大きくなるのだろうか?それで失敗する人は多い。思い出すのは環境大臣に就任したばかりの小泉進次郎である。得意の英語で環境対策を語ったのは良かったが、「ところでどうやってCO2を減らすの?」と聞かれ、「大臣に就任したばかりなのでこれから考える」と答えたのが致命傷になった。彼のオーラが一瞬にして吹っ飛んだ瞬間だった。
信無くしては立たず、些細な事だが人の心はこういう処から離れていくから怖い。今解散したら自民党は負けるだろう。
処で余談だが、海外旅行に出ると日本人は必ず会社の人や近所に土産を買って帰る。一方欧米人にはこの習慣がない。それを知らないで「皆で分けて」を込めてお菓子の詰め合わせなどを代表に渡すと、受け取った人はまず自宅に持って行ってしまう。私の友人も、子供がお世話になったスポーツ教室で、お礼に皆さんで食べてとチョコ100枚を先生に渡すと、彼が全部自宅に持ち帰ってしまった。喜んだのは先生の奥さんだった。
Monday 31 July 2023
ミッション・インポッシブルのロケ地
ミッション・インポッシブルの新作を観に行った。相変わらず迫力満点で、ドキドキハラハラの2時間半だった。
今回楽しみにしていたのは、崖からバイクで飛び降りるシーンである。その制作を綴るドキュメンタリーを事前に見ていたので、カラクリを確かめるように見た。
場所はノルウェー、岩の上にジャンプ台を作り一年かけて準備に取り組んだ。スカイダイビングの練習は1日30回、全部で500回を繰り返し、モトクロスのジャンプは13000回も飛んだという。そのため本番の撮影は一回で成功したようだ。撮影セットも凄かったし、正に映画史上最大のスタントで、トム・クルーズ本人は大した役者だ。
ところで後半に列車シーンが出て来る。表向きはオリエント・エクスプレスだが、撮影場所はやはりノルウェーだった。どうやってあの危ないシーンを撮影したか分からないが、岩山と渓谷から繰り広げられる景色は美しかった。
因みにサブタイトルはDead Reckoning:Part Oneである。意味は死の報いかと思ったら、不安定な測定から転じた「推測航法」という。それが謎の鍵を指すのか、沈んだ潜水艦を指すのかよく分からなかったが、パート1というからパート2もあるのだろう。次が楽しみだ。
Thursday 27 July 2023
UFO目撃者を消せ
昨日米下院でUFO(未確認飛行物体)の公聴会が開かれ、元パイロットが今までUFOを見たにも拘らず、国は隠ぺいしたと証言した。今ではUFOとは云わず、UAP(未確認航空現象)と呼んでいた。
UFOについては昔から多くの目撃情報が寄せられたが、中々公表には至っていない。1992年に出版されたシドニー・シェルダンの「The Doomsday Conspiracy(陰謀の日)」でも、その隠匿の様子が描かれていた。
バスに乗り合わせたのは世界から来た観光客で、特定が難しかったがプロを雇って割り出しに成功した。
未だにどうしてそこ迄しなくてはならないのか?素人には分かり難いが、社会の混乱を引き起こさない為と説明していた。
物語が面白いのは、世界に散らばった目撃者の発見方法である。そのテクニックこそ作者の骨頂であったが、言葉巧みで中々日本人には真似出来ない。また最後はプロも命を狙われるのだが、ナポリの娼婦を使って捜査を攪乱する件が何とも知恵に富んでいた。逃走ルートのナポリ→カプリ→ソレント→マルセイユも、地中海の風光明媚な場所だけに読者も一緒に旅をしているような気分になった。
Wednesday 26 July 2023
イラク人恐怖の里帰り
今から40年程前になるが、フィリッピンのアキノ氏が帰国すると、空港で射殺される事件があった。ロシアでも昨年、野党の指導者ナワリヌイ氏が帰国すると、毒殺未遂事件が起きた。どちらも身の危険を冒してまでも帰国する理由があったのだろうが、リスクは大きかった。
そんな大物でなくても、今ロシアから脱出している人々も同じである。既に100万人を超えたと云うが、将来帰国すると何が待っているか分からない。
心配するきっかけは、ジェフリー・アーチャーの短編集「12のごまかし(Twelve Red Herrings)」の中に出て来る「何もするな(Do Not Pass Go)」という短編であった。
それはフセイン政権下で体制派だった男の話である。彼は身の危険を察してアメリカに亡命した。暫くして彼は絨毯の商売を始め、時々トルコに買い付けに出かけるのであった。処がある時、イスタンブールからの飛行機がエンジントラブルでバグダットに緊急着陸してしまう。もしも身元がバレれば男は逮捕、拷問、処刑が待っている事を機長に告げる。機長は機転を効かし、男にパイロットの制服を着せ難を逃れるのであった。
当人でなければ分からない恐怖感が伝わってきて面白かった。因みにタイトルの「赤いニシン」の意味は犬の訓練用の魚から転じて「ごまかし」の意味という。これを機会に覚えたが、他にも女が宝石を半値で買う方法や、保険金詐欺の話など英国人らしい一冊だった。
Monday 24 July 2023
ヘミングウェイ祭り
今月の18日、フロリダのキーウェストでヘミングウェイ祭りが開かれた。ヘミングウェイそっくりさんが集まり、彼の好んだスペインの牛追いに興じていた。没後60年以上も経つが、未だに彼の人気は高い。冒険家でロマン多きダイナミックな人生に、共感している人が多いせいだろうか?少なからず私もその一人で、作品に彼の実体験を重ねている。
旅をしていると彼の作品の舞台によく遭遇する。例えばスロベニアを旅した時、ゴリッツァというイタリア国境の山岳地帯を訪れた時、そこは「武器よさらば」の舞台だった。第一次大戦で従軍した彼が、恋人を慕って逃亡する物語である。今でも激戦が長く続いた塹壕が残っていて、若きヘミングウェイとバッタリ会うような気になった。
第二次大戦の従軍記者としてパリに入った話も有名である。喉が渇いて最初に駆け付けたのはリッツホテルであった。以来そのバーは彼の名前を冠している。パリではココシャネルやルートヴィッフィと華麗な社交があったり、最初の結婚生活を送った地でもあった。暫くして結婚は破綻するが、その悪夢が「キリマンジェロの雪」に出て来る。
ケニアの大地で破傷風になった時、いつ来るとも分からない迎えの飛行機を待ちながら、走馬灯のような人生が脳裏を彷徨うのであった。彼は4回結婚したので三人の妻と別れた。死の床に就くと「ヒトは別ればかりを思い出すのか!」と、以来複雑な気持ちになっている。
「誰がために鐘が鳴る」の舞台になったセゴビアにも行った。ただその時なそこが小説の舞台になったとは知らなかったので、橋を観る事はなかったのは心残りだ。
Tuesday 18 July 2023
「波浮の港」の遊郭
ヨーロッパの島は魅力的である。歴史と文化がグッと詰まっているからだ。そんなノリで、東京都の旅割もあって大島に行ってみた。本当は御蔵島に行きたかった。昔流行った「海の若大将」の舞台であったが少し遠いし、初めての伊豆諸島だから近場から攻めてみた。
快速フェリーの乗ると昼過ぎに着いた。この船もボーイング製だった。早速予約してあったレンタカーで島を周った。ところが半日で殆どを走破してしまい、明日以降やる事がなくなってしまった。
行く前にテニス仲間のKさんと話していると、「昔友達と行ったけど、やる事なくてマージャンばかりしていた」の話を思い出した。釣りやスキューバーダイビングでもやらない限りは、今でも何もない場所だったのだ。
人口は毎年減っているようで、7000人と言うから殆ど過疎地である。確かにやたらに年配者が目立つし活気もない。いくらインターネットが繋がるとは言っても、若者が出て行くのも分かる気がした。
思い出したのは、昔のイタリア映画「ストロンポリ」である。シシリア島近くの活火山のストロンボリ島を舞台にした白黒フィルムである。物語は収容所で知り合った男女が、解放されると結婚して主人の故郷ストロンボリ島に凱旋する。ただそこは貧しい漁村で、イングリッド・バークマン演じる新婦が、島の暮らしに馴染めず葛藤していた。
そんな中唯一、波浮の港は昔の面影を残していて興味深かった。「伊豆の踊り子」で旅芸人が青年と別れた後、船で向かった港町である。地元の人に聞くと、当時は大きな遊郭があったという。今でも残る三階建ての街並みがそれを語っていた。中継港として沢山の小舟が溢れていた光景を思い浮かべたのであった。
Wednesday 12 July 2023
アルキメデスの螺旋
インディー・ジョーンズの新作「Indiana Jones and the Dial of Destiny」を見に行った。このシリーズも5作目、主演のハリソン・フォードも80歳を超えたが、相変わらずの活躍は健在だった。一作目の「Raiders of the Lost Ark」から42年も経った。
物語の展開は過去の作品のネタを取り入れるなど、先日の「トップ・ガン」みたいな時間軸があって面白かった。そして今回の作品で何より刺激されたのは、舞台になったシシリア島のシラク-サ(Siracusa)であった。シラクーサは10年程前にシシリア島を一周した時に訪れた。細い路地裏にはアフリカ系の白装束の男が屯い、島でも一番古い町だった。
映画の後半で「アルティラティアの機械」でタイムスリップした一行が、BC214年のシラクーサ包囲戦に遭遇する。海から攻めるローマ軍に対し、アルキメデスが発明したとされる投石器、投槍器、船を吊り上げる鉤爪などで町を防衛していた。考古学者のジョーンズ博士だけでなく、今のCG技術を使った古代史の再現には興奮する。
処で「アルキメデスの原理」は有名だが、これを機会に彼の発明の一つに「アルキメデスの螺旋」があるのを知った。筒状の中に入れたスクリューを回すと、水が下から上に移る仕組みである。
実は先日、佐渡の金山に観光に行った時、洞窟に置かれた人形が砂金の採取にこの技術を使っていたのを見た。その時はそれがアルキメデスの発明とは知る由もなかったが、インディーの映画で結び付いたのであった。
Tuesday 11 July 2023
中国人子弟のゴルフ合宿
先日、リゾート地のゴルフ場に行った時だった。何かいつもと雰囲気が違うな?と思ったら、中国人らしき子供達が屯していた。
倶楽部の人に聞くと、上海の金持ち子弟のゴルフ合宿と云う。モデル顔負けのコーチも付いて、10名程の小学生が色とりどりの可愛らしいウェアーを着て廻っていた。当然親も同伴だった。一週間程滞在するそうで、ゴルフ代も含めると一人100万円は下らない費用になる。
其の日、一緒に廻ったのも中国人夫妻だった。これも上海の人で不動産の内装で財を築いた人だった。今の景気を聞くと、「中国は不動産バブルが弾けて回収出来なくなってきた。むしろ仕事をしないのが一番だ」と悠々自適の生活を楽しんでいた。そのリゾート地にも別荘を買い、東京に滞在する時は一泊10万円程のホテル生活を送っているという。
勿論上海にも家はあるが、日本の介護施設がいいので、老後は日本に定住するという。
そんな夫妻を訪ねて本国からもよく友人が遊びに来るらしい。中国人は訪ねて来られたらホストが費用を持つのが慣行とかで、飲みに行く時は全部ご馳走するらしい。スケールも半端でなく、「一晩で40〜50万円は掛かる」とさり気なく語っていた。
中国のゴルフ場は、その豪華さで日本を遥かに凌いでいるという。ただゴルフ場の数は日本の2383に比べ473とまだまだ少ない。加えて環境も悪いので、こうして遥々隣国迄来るようだ。
その内、富裕層だけでなく中間層までゴルフを始めたらどうしよう!「日本人が予約を取れない」なんて日が来るかも知れない。観光ツアーを超えて、次第に我々の生活圏に入ってきた。百田尚樹の「カエルの楽園」が段々現実化しようとしている。
Monday 10 July 2023
盗難のトリック
暫く前に、銀座で宝石店が白昼襲われた。犯人は逃走したが直ぐに捕まった。何と高校生も含む若者で、犯行の稚拙さが浮き彫りになった。それにしてもこの手の窃盗事件の殆どは、思いつきである。もう少し頭を使えないものか?と思ってしまう。
そんな気持ちにさせるのが、シドニー・シェルダンの「If Tomorrow Comes」である。その手口の要はトリックで、以下ネタ晴らしである。
例えばプロのチェッサー二人を相手に勝負してドローにする方法、これは同時に違う部屋で対戦し、プロAが指した駒をプロBに指すのであった。こうすれば素人でもドローに持ち込めた。
オリエント急行内の宝石強盗もある。金持ちの女性の宝石を盗むのだが、汽車の中は隠す場所がない。唯一あるのが被害者のもう一つのバックである。予め同じバックを用意し、降車の時にすり替えるのであった。
プラド美術館からゴヤの絵画を盗み出す方法、通常ならセキュリテーでまず不可能である。これを可能にした手法は、一時の混乱に乗じて絵画の筆跡の上に偽の筆跡を上塗りし、再度ゴヤの筆跡を入れる。暫くして鑑定士と称する男が現れ、絵画が贋作と指摘する。美術館が慎重に筆跡を調べるとゴヤの名前の下から違う名前が現れる。世間体を気にした美術館がこっそり売りに出した処を安値で買う。犯人は持ち帰って再度偽名を消すと本物が現れるという仕組みであった。
その他、マフィアの子分への復讐もある。旅行バック、片道航空券、ボスの口座から大金の引き出し、逃亡先のホテルからの偽のコンファメーション等を用意し、ボスの事務所に送り付ける。 逃亡を確信したボスは怒るのであった。
昔上司が「青目には気を付けろ!」と言っていたが、つくづく西洋人の悪知恵には感心してしまう。
Tuesday 27 June 2023
タイタニック探索の事故
先週、タイタニック号の探索ツアーに行った小型潜航艇(タイタン)の事故があった。一時は酸素の残り時間との闘いと思われたが、原因は意外にも爆縮だった。爆縮の英語「Implosion」もこれをきっかけに覚えた。4000mの海底で圧し潰される事を想像しただけで恐ろしい。
それにしても既に300回ほどもの潜航実績もあったのに、今回どうして事故が起きたのだろう?タイタニック号ミステリーにまた一つ謎が増えた。
今から100年以上前に沈没した船が、未だに脚光を浴びている。それを支えるのが、タイタニック号のテーマパークである。ベルファーストの造船所跡は未だに保存されているが、10年ぐらい前に隣に立派な博物館が出来た。アイルランドの国威発揚なのか、「船を造ったのはアイルランド人だが、運航したのは英国人だ」と書いた土産物も売っている。
中に入ると、自動カーに乗って1900年初頭の様子を彷彿とさせるアトラクションや、逸話の展示も豊富であった。例えば生存者の男が第一次大戦の終戦前日に戦死したとか、女に紛れて救命ボートに乗って助かった男が、1929年の恐慌で拳銃自殺を遂げたとか。アメリカの富豪が多く乗っていたので、話題は尽きないようだ。
調べてみたら、アメリカのミズリー州とテネシー州にもタイタニック博物館があった。Youtubeで見たら、スミス船長そっくりさんがリアルに当時を語っていた。何かの時に訪れてみたい。
Wednesday 21 June 2023
落合シェフのイタリアン
先日車の中でラジオを聴いていると、落合シェフの対談が流れていた。イタリア料理界の巨匠が、視聴者の素朴な質問に丁寧に受け応えしていた。そのタッチが快かった。
知らなかったが、カルパッチョと言えば牛肉を使うのが本場イタリアだが、彼が魚貝を使ってみて初めてメニューになった。今では何処のイタリアンでもそれが定番になっているが、元祖は落合さんだったのだ。
話を聴いている内に一度店に行ってみたくなった。中々電話が通じなかったが、やっと予約が取れたのでランチを兼ねて行ってみた。銀座の店は開店前から予約客が路上に溢れていた。
其の日は普通の三倍もあるサーモンの前菜から始まり、ズワイガニとカラスミのスパゲッティ、最後はポークのソテーでとても美味しかった。連れのオードブルやウニのパスタも量も半端でなく、お腹いっぱいになった。そしてこれだけ食べてたったの3000円!これにも驚いた。
安くて美味しい店に出会うと得したような気分になる。何より一日が幸せ感に浸るのがいい。グルメを追及するとキリがない。だから今まで敢えて避けてきた。ただこんな気分になるなら「もうそろそろいいかな?」と思える今日この頃である。早速「ミシュランガイド2023」も求めた。暫くは食の探索で、毎日の彩りを深めようという気になった。
Monday 19 June 2023
村上春樹考
先日TVを見ていたら、早稲田大キャンパス内にある村上春樹ライブラリーを紹介していた。毎年ノーベル賞候補に名前が上がるのは知っていたが、ここまで若い層に根付いていたのに驚いた。
凡そ買う積もりもないので、知人に古本を借りた。有名な「1Q84」、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅」そして「海辺のカフカ」と。立て続けに多少流し読みで、文章は平らだからどれも一日で読めた。処が相変わらず物語にストーリー性がないのが気になった。只管少年の話を聞く相談所の職員になったよう気分で、読んでいてイライラ感も募った。
彼の本は昔一度だけちょっと齧った事があった。ただ数頁進む内に「これって俺のジャンルじゃないな!」と思って止めた。以来あえて避けていたが、「早稲田でも支持されているなら、今更だけど読んでみるか?」という気になった。
実はそこがポイントで、友人は「その文章を味わうのが面白んだよ!」と窘められた。世間で評価されているのはその禅問答で、もどかしさがいいらしい。
話はちょっとズレるが、日本の人口は1億人以上、GDPも世界三位と内需が大きいからあえて海外に出て行かなくても食べていける。若い人はそれに敏感で、だからどうしても内向きになって行く。村上作品はその層を上手く掴んでいる気がする。だけど登場人物の男も女も全く生気がない。特にしばしば出て来る性的描写は、極めて動物的で不快なのはどうしてなのだろう?
村上作品のタイトルは、ノルウェー、カフカ、レキシントンなど外国をモチーフにしているのが多い。1Q84に至ってはジョージ・オーエルとは全く関係ない女殺人者の話である。海外の人から見るとその辺の違和感がないのだろうか?
中々ノーベル賞に辿り着かない訳も何かあるのかも知れない。それにしても早稲田と云うと昔は硬派の塊みたいな人が多かったが、最近は随分と変わってしまった。
Monday 12 June 2023
加藤選手とクレーム
全仏オープンテニスで、加藤未唯選手が話題になっている。女子ダブルスで失格したかと思うと、ミックスダブルスで見事に優勝を果たした。特にミックスダブルスでは、ボレーが良く決まりストロークも腕が振れていた。何かが吹っ切れたのかも知れない。
その女子ダブルスでは、ボールガールへの返球が直撃して女の子が泣き出した。普通はフォアハンドで返す処、試し打ちの感覚でバックハンドで返したのが災いした。一時はレフリーの警告で終わろとしたが、対戦相手のスペイン選手の抗議が続き、結局スーパーバイザーが失格の判断を下した。沢松奈生子も言っていたが、「スペイン選手がここぞとばかりスイッチを入れた」ようだ。
この事件について、日本のマスコミは「失格は厳し過ぎる」と彼女に同情的な報道が多った。もしもボールガールが直ぐに泣き止んだら、多分状況は違っていたからだ。その意味でジャッジは場の雰囲気に流され易いのは否めない。「人心を味方に付けるのも強さの一つ」と改めて思った。
彼女も含めて日本人は言葉にハンディーがある。特に場所はフランスである。彼女がミックスダブルスで優勝した時、紙を見てクレーム分を読んでいたが、それも英語の棒読みだった。せめて自分の言葉で語って欲しかった。本当は拙くてもいいからフランス語がベストだった。スペイン選手がクレームで何語を使ったのは分からないが、きっとその辺の呼吸はお手の物だったのだろう。
言葉は大事である。フェデラーの人気の一つは三か国語を流暢に話せる事だった。大坂なおみの武器もネイティブな英語だった。強さも然る事ながら、言葉はヒトの心を掴むから。
Saturday 10 June 2023
日銀の評価損
株価が上がり続けている。日経平均も3万円を超え、バブル以降の最高値を更新している。実感と随分とかけ離れているだけに何か気持ち悪い。
株価を押し上げているのは外人買いという。堅調な企業業績と株価の割安感で見直しが入ったという。先日投資の神様のバフェットが、日本の商社株などに言及したのも大きい。確かにこの円安だから、ドルベースにすると相当の割安感があるのだろう。それにしてもどこまで今の上昇が続くのだろう?
心配なのは突然のバブル崩壊ある。ウクライナなどの国際情勢も然る事ながら、やはり国内の金融政策の転換が気になる。日銀総裁の交代で現実味がグッと増してきた。金利が上がれば当然ドル安になるから、外国人投資家は売り株価の下落が始まる。
何より恐ろしいのは、日銀の抱える国債の評価損である。一説には1%の金利上昇で28兆円の含み損が出ると言われている。当然利払いも増える。0.25%の金利上昇で1.3兆円の利払い増と云うので、12兆円の自己資金は一挙に枯渇し債務超過になるらしい。先日アメリカのデフォルト回避が話題になったが、対岸の火事どころではない。
よく「日本の国債は対外債務がないから大丈夫」とか「個人資産の2000兆円と国債残高の1000兆円は相殺できる」なんて乱暴な事をいう人がいる。ただそうなれば年金は無くなるし医療保険も効かなくなり、国民生活は大混乱するのは必至である。いつまでも国債や株を買い続けるのは不可能だし、かと云って金利は上げられない。そのジレンマをどう解決するのか?とても他人事ではない。
Wednesday 7 June 2023
ナヴァロンの嵐のロケ地
ウクライナでダムが決壊し大洪水になっている。戦争とはいえ、ロシアの追い詰められ手段を選ばない姿が見えてくる。ただダムはそう簡単には壊れないとも識者は言う。
思い出すのは映画「ナヴァロンの嵐(Force 10 From Navarone)」である。
連合軍が旧ユーゴスラビアのダムを爆破し、水の力でドイツの侵入を防ぐ話である。若き日のハリソン・フォードも登場し、パルチザンとチェトニックの抗争など面白い作品だった。
ただ此方はアリステラ・マクリーンのフィクションである。彼の想像力には予々感心するが、その時もダムは最初の爆破ではびくともしなかった。ただ時間が経つにつれ、水圧で徐々にヒビが入り最後は決壊したのであった。
映画のロケに使われたダムは見た事がないが、何年か前にバルカン半島を旅した時、その決壊で流された橋を通った事がある。
その日はノーベル賞の「ドリナの橋」で有名なボツニア・ヘルツゴビナので町を出発し、一路アドリア海を目指して南下した。モンテネグロに入り暫くすると、物凄い長さと高さの橋に出会った。それがタラ川に架かるDjudjevic 橋だった。全長365m高さ170mもあり、映画に出てきた橋だった。
橋は戦前に出来たというから驚きだ。戦時中に設計に携わったエンジニアがそれを破壊しようとした。後にそれが判明しイタリア軍にその橋で殺害された逸話もある。今ではバンジージャンプのメッカになっているらしいが、渡り終え下を見てゾッとした記憶がある。
Monday 5 June 2023
2022年のエドガー賞
昨年度のアメリカミステリー作家賞(エドガー賞)に選ばれたジェイムズ・ケストレルの「真珠湾の冬(Five Decembers)」は大変面白い小説だ。
物語はホノルルの刑事が太平洋戦争に前後して殺人事件を追う話である。舞台はハワイから香港、日本へと移り、主人公も時代に翻弄されながら、最後は本懐を全うするのであった。
日本人として親しみを感じるのは、彼は戦時中の4年間を東京で保護され生き延びた事だった。本当に当時そんな事が出来たのだろうか?と思う節もあるが、流れが自然なので許してしまう。昔何かの本で、東京にいたアメリカ人捕虜がB29の落とす爆弾を見上げていた話を思い出した。
戦争が終わると横浜からミズーリで帰国する件や、野沢温泉まで旧知の女性を慕って行くシーンは、何とも当時を彷彿とさせノスタルジックであった。勿論主人公の真摯な女性関係が、作品をよりウェットにしたのは言うまでも無い。
Tuesday 30 May 2023
Boeingのジェット船
先日佐渡に行った。二泊三日の旅だった。嘗て栄えた金山や国鳥の朱鷺などを見て廻った。今から60年以上前、小学校に入るか入らない頃に親に連れられて行ったので2回目の訪問である。その時は船に酔った記憶だけが残っている。
流石今の高速船は早かった。新潟港から佐渡の両津港まで1時間で行けた。勿論揺れもしないので快適だった。ところがその船を見てビックリ、船首にBoeingと書いてある。調べるとベトナム戦争の時に使ったミサイル艇が原点らしい。海運大国の日本だから、自前の高速艇もあるだろう!こんな小型艇までアメリカから買わされたかと思うと、複雑な気分になった。
思い出したのは国産機のスペースジェットである。20年以上かけて官民一体となって開発してきたのに、遂に先ごろ三菱重工が開発を断念した。詳しい事は分からないが、日本の航空産業の再建を快く思わないアメリカの横槍だったのでは?と思ってしまう。
船内では、黒木亮の「トリプルA」を読んだ。90年代前半の金融危機を描いた話である。その前に読んだ「獅子の如く」と違って実名が多いので、少しは臨場感があった。色々当時を思い出したが、S&PやMoodyの格付会社の背後には、やはりアメリカ政府の大きな力を感じた。
80年代に台頭した日本の銀行証券を潰しに掛かったのだろう。アメリカは時に産業界と政府の人の行き来が盛んだから、利害が一致した時のモメンタムは大きい。敗戦して78年が経ったが、まだまだあちこちで戦後が続いている。
Monday 29 May 2023
企業戦士は命懸け
黒木亮(本名金山)の本に、彼がロンドン赴任の前に実の父に会いに行く件がある。岸信夫さんではないが、就職の時に戸籍を見せられ、初めて自身が養子だった事を知った。中々ドラマティックで、彼が長距離ランナーとして大成した理由も分かったり、養父との絆を改めて強くした。
会いに行ったのは、海外に出ると生死が危ぶまれるからだった。事実暫くして、彼は飛行機の車輪トラブルやロンドン爆破テロに遭遇した。企業戦士だから死とは背中合わせは宿命なのかも知れないが、その気持ちは分かる気がした。
実際死ぬかと知れないと思った体験もある。一つはマレーシアであった。その日は首都のクアラルンプールから東海岸のクアンタンまで、海上の天然ガス基地の視察に出かけた。生憎の雨でツアーを企画したペトロナスの人から「今日は着いてもヘリが飛べるか分かりません」と言われた。
延々小型バスに揺られウトウトとしていた時だった。バスがカーブでスリップしグルグルと廻った。気が付くと崖の中腹で止まっていて、もう一回転していたら下まで転落していた。其の日は引き返すのかと思って居たら、何もなかったかのようにツアーは続行されマレーシア人の能天気さにも驚いた。
もう一つはパリである。当時はアルジェリア系イスラム組織のテロが頻発していた頃だった。今の銃撃事件ほどは激しくなかったが、時々パリでも爆破が起きた。其の日はいつものように凱旋門を通って車を走らせていた。会社に着くと、その通勤路でゴミ箱が爆発したニュースが報じられていた。数分遅れていたら巻き込まれていた。
尤もNYの9.11で命を落とした人は多いし、交通事故に遭ったりスパイ容疑で拘束される人もいる。企業戦士だから色々ある。
Thursday 25 May 2023
直島のオブジェ
コロナも解禁し、海外からの観光需要も回復して来た。嬉しい反面、また行楽地で混雑が始まるかと思うと複雑な気分になる。
そんな中、ガイドを始めた友人のHさんが面白い事を言っていた。それはフランス人観光客の人気スポットである。京都や奈良かと思いきや、なんと最近は岡山の犬島や直島という。島全体が現代アートに包まれ、フランス人の好きな草間彌生などのオブジェが置かれているそうだ。
外国人が日本の価値を見出し、日本人が再認識するケースは多い。典型的なのは浮世絵だが、高尾山もミシュランに載ってから急に人が増えた。昔何かのTV番組で、北海道の寒村を取材していた。名もない食堂のドアを開けるとフランス人夫妻が食事をしていた。遥々こんな所まで来るのは新鮮な魚介を食べるためと聞いて、流石食に敏感な国民は違うと思った。暫くして真似してみたが、確かに知床や室蘭辺りの魚は旨かった。
日本が気に入って住み付く人も増えている。不動産が安いからだろう。特に中国人が多いらしい。治安の良さ、綺麗な空気、美味しい食など、日本は住み易いようだ。
先日もとあるオープンコンペに出ると、中国人女性と一緒の組になった。中年の彼女は横浜で仕事をしているが、最近はリゾートの別荘で過ごす時間が増えたという。子供もいないので、郁々は日本の介護施設に入る計画という。「中国人が生魚を食べ出すと日本人が寿司を食べられなくなる!」ではないが、老後の施設まで心配になってきた。
Wednesday 24 May 2023
人影の石
広島で行われたG7が無事終わった。当初参加が危ぶまれたバイデン大統領も来たし、何よりゼレンスキー大統領の参加はインパクトが大きかった。非核化に向けたメッセージにグッと重みがついた。これで岸田内閣の支持率も上がったようだ。
一行が初日に向かった先は原爆資料館だった。そこで強烈な印象を与えたのが「人影の石」だっという。ゼレンスキー大統領もそれが今のウクライナと重なったスピーチをしていた。
私は子供頃、短い期間だが広島に住んでいた。当時はその「人影の石」はまだ爆心地のままの場所にあった。それは住友銀行広島支店の玄関に座っていた人が、原爆の閃光で影の部分だけ直射を免れたものだった。子供心にも強烈なショックを受けた記憶がある。今では資料館に移設されたと知り、改めて当時の事を思い返した。
日本で戦争の記憶をオフィシャルに残しているのは、この広島と靖国神社の遊就館ぐらいではないだろうか。これも国民性なのか、憲法改正にみる歴史観もそうだが、戦争をタブー視しているからその痕跡が殆ど残していない。これは本当に残念である。
逆に海外を廻ると、沢山の日本の遺留品に出逢うから驚いてしまう。特にアメリカの持ち帰り品の多さは凄い。ワシントンDCのスミソニアン博物館、サウスカロライナの海兵隊記念館やテキサスの太平洋戦争記念館など、オーストラリアの首都にある戦争博物館やシンガポールも多い。正に外から見ると日本が見えて来るのだが、今からでも遅くないので歴史の収集をして欲しいと願う。
Tuesday 23 May 2023
月と6ペンス
黒木亮の本にサマセット・モームの「月と6ペンス」が出て来る。彼が学生時代にカバンの中に入れていたとかで、ブローカーから画家になったゴーギャンと、バンカーから作家に転じた自身を重ねていた。そうかと思って書庫を探すと、此方も学生時代に買った赤茶けた文庫が出て来た。この際なのでサッと読み返してみると・・・。
物語はイギリス人のブローカーがある時突然、妻を捨てパリに行き絵描きになる処から始まった。心配した友人が訪ねると「絵を描きたくなった」と言う。生活は窮乏して、それを見兼ねたパリの絵仲間が自宅に引き取ると、その妻を寝取ってしまうのであった。妻は自殺、その後タヒチに移り住み17歳の少女を妻にして制作に没頭する。
ただ実際のゴーギャンはフランス人で、確かに株のブローカーだったが本職の傍ら絵も描いていたようだ。妻のデンマーク人との間には5人の子供がいて左程関係も悪くなかった。タヒチで妻にした女性は3人もいて、いずれも13-14歳と子供だった。ピサロやセザンヌとも親交があり、ゴッホとのアルルでの共同生活は有名である。
ゴーギャンの絵は原色で太いタッチが特徴である。個人的には淡いシスレーやピサロの方が好きである。ただ題目の「月」は崇高な芸術を指すので、妻と称する女性も所詮はモデルの一人だった事が分かり、絵画への情熱の凄さが伝わってくるのであった。
ところでゴーギャンの働いていた旧パリ証券取引所は今でも残っている。コリント様式の建物の周りにはブローカーが入居するビルが建ち並んでいる。90年代まで実際に使われていて、ファミリータイプの小さなブローキング会社が入っていて良く通った。近くには旧BNPやソシエテジェネラルの本社もあり、正にフランス金融の中心地であった。
Tuesday 9 May 2023
今でも健在の若林氏
バブルの頃に出た「ディーリングルーム25時」には、多くの日本人ディーラーが登場する。世界トップの銀行の半分以上を邦銀が占めていた頃だったから、誰でもスターに成れるチャンスがあった。
あれから30年、本に登場した人達の多くは消えていった。その中で唯一今でも活躍している人がいた。それは若林栄四氏である。元東京銀行のディーラーで「Mad Dog(狂犬)」のあだ名の如く、独自の相場観は当時から定評があった。
現在はNYに住まわれているようで、Youtubeを見ると最近の相場を語っていた。早速その薫陶に肖った。例えばドル円だが、FRBの金融引き締めは手詰まり感と景気後退でそろそろ終わりに近づくという。そうなれば金利は下がるので、ドル安円高になる。そうでなくても日本の金融緩和は出口に近づいている。素人でもこれから円が上がる気がしていたので、強い味方を得た気分になった。
緻密なチャートのテクニックを付ければ、将来のシナリオを描く事が出来る。一度それが当たると何にも代えがたい喜びがあるようだ。パチンコではないが中々抜け出せないのも分かる気がする。
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