Sunday, 25 September 2022

オラドゥール・シュール・グラーヌの村

ウクライナ軍の反抗にロシア軍が撤退しているようだ。予備役の動員が掛かり、無益な戦争がまだまだ続くのだろうか?そんな中、殺された市民の集団墓地が次々と発見されている。ゼレンスキー大統領は「犯人を捜し出す」と言っているし、惨事の記憶は時間が経っても消え去る事はないだろう。 

思い出すのは、フランス中部の村、オラドゥール・シュール・グラーヌ(Oradour-sur-Glane)である。第二次大戦で連合軍がノルマンジーに上陸して間もない頃、この小さな村で大虐殺が行われた。理由はレジスタンスを匿った事だったが、女子供も含めて600人以上の村人が殺害された。

戦後ドゴールはその記憶を留めるべく、廃墟となった村を遺構として保存する事にした。随分前に訪れた事があったが、焼け焦げた車や市内電車のレール跡、集められて火を放たれた教会など、まるで昨日の出来事のような迫力が伝わってきた。静かな遺構を歩いていると、塀の陰から誰か出て来るようだった。 

犯行に及んだナチの人物は勿論特定された。ただ結局裁かれる事はなかった。先日マイケル・バー・ゾーハーの「復讐者たち(The Avengers)」を読んでいたらその訳が分かった。彼らはエジプトに脱出したのであった。多くはアルゼンチンなどの南米に逃げたが、軍を強化したいイスラムの国々も受け入れたのであった。

アイヒマンに象徴されるユダヤ人のナチ戦犯の追跡は有名である。戦争が終わればそうした復讐が始まるだろう。戦火を交えた場所に一般人が観光で入れば、その機運は一層高まる気がする。

Tuesday, 20 September 2022

エリザベス女王の葬儀

昨日行われたエリザベス女王の葬儀は、正に一大スペクタクルだった。ライブ中継された映像は、世界人口の半数以上が見たと云う。その荘厳で格式高い式典は、正に英国の歴史そのもので、色とりどりの軍服姿も艶やかで美しかった。

会場になったウェストミンスター寺院では、何人かの司祭が追悼の辞を述べた。はっきりとは分からなかったが、カンタベリー司教の後はスコットランドやアイルランドのカソリック系だったのか、英国の複雑な成り立ちを垣間見た気がした。 

式は2時間以上も続いた。途中トイレに席を立つ要人もなく、棺を背負う衛兵が落とさないか、ハラハラして観ていたが無事に終わってよかった。数日前に棺の警備をしていた衛兵が、疲労と緊張でバッタリ倒れたハプニングがあったので心配だった。

これを機に、英国ではお札やコインの肖像が変るらしい。パリでも昨日、地下鉄のジョルジュサンク(George V)駅の名称がElizabeth IIに変更された。エリザベス女王はダイアナの死に冷ややかだったと、フランスでは人気が今一だったが、それももう過去の話になったのだろう。 

ともあれ凋落の続く英国だが、昨日だけは「まだまだ世界の中心」という存在感があったのではないだろうか。

Monday, 19 September 2022

トプリッツ湖の黄金

4年前にオーストリアのザルツカンマーグードを旅した。切り立つ岩山と無数の湖は、何度行っても飽きないコースであった。 

連れが、湖にせり出した教会のシルエットで有名なハルシュタットに行きたいと言うので訪れた。夏のシーズンだったので沢山の観光客がいたが、中国人の多さは群を抜いていた。驚いたのは地元のホテルのオーナー迄も中国人だったことだ。ここまで来ると興ざめしてしまった。

ハルシュタットの次はダッハシュタイン山塊へ、北側が込んでいたので南側からロープウェーで登った。標高2697mのフーナーコーゲルは、一帯が氷河に覆われていて夏だと言うのに寒かった。そしてグラーツに出たのだが、この一帯はナチの黄金の隠し場所だったと最近知った。 

 きっかけになったのが、フリーマントルの「明日を望んだ男(The Man Who Wanted Tomorrow)」である。物語はオーストリアの湖底からナチの財宝と高官リストが発見され、元ナチを追い詰めるモサドの話である。オデッサによって南米に逃亡したナチは多かったが、今回の主人公はソ連の精神分析医に成り済ましていた。 

そのリスト発見の舞台になったのが、オーストリアのトプリッツ湖(Toplitzsee)であった。どこかと思って調べてみたら、何とハルシュタットからは10数キロの場所だった。そうと分かっていれば寄ってみたかった!と悔しがった。ひょんな事で鬱蒼とした森を思い出したのであった。

Thursday, 15 September 2022

エリザベス女王の死

エリザベス女王の崩御に、多くの市民が弔問に押し掛けている。ニュースで見ていると、改めて国の象徴を失った悲しみが伝わってくる。思えば殆どの国民は生まれた時からエリザベス女王が君臨していたから、一入なのかも知れない。

英国に最初に行ったのは70年代の初めだった。未だポンドが630円の時代で、日本が復興から高度成長に入った頃だった。
英国の第一印象は、落ち着いた人々と成熟した街並みだった。日本から見ると大人の雰囲気を感じた。 

驚かされた一つにロイヤルファミリーの写真があった。街の土産物屋に絵葉書と並んで女王の写真が売られていた。日本と違って、英国皇室と国民の距離が近いのを感じた。あれから50年、こうして弔問に列する人々を見ていると、その絆を再認識するのであった。 

 エリザベス女王は007やパディントンの映画にも登場し、庶民的なところもあった。Mrビーンのコメディでは、Mrビーンが偽女王の尻を蹴っ飛ばすシーンがあった。流石これには「そこまでやっていいの?」と思ったが、英国のジョーク文化やパロディーにいつも驚かされている。

 ともあれ一つの時代の幕が閉じた。これからチャールズ国王の時代だ。73歳にしてやっと皇太子から解放された。英国やロイヤルファミリーはどう変わるのだろうか。

Tuesday, 13 September 2022

国葬の論議

暫く前まで、安倍元首相の国葬費が問題になっていた。高いの安いの、どうでもいい話を国会で論及していた。又野党の点数稼ぎかと、「一度決まった行事だから、粛粛とやればいいのに!」と内心思って聞いていた。

ところがエリザベス女王の崩御が報じられると、そんな論戦はパタッと止んでしまった。流石に批判する方も分が悪いと思ったのかも知れない。これには呆れてしまった。 

 与党も与党で国葬に決めた動機が不純だった。本来は粛々とやればいい処、何を思ったのか弔問外交と称して外国の来賓を優先した。その為安倍さんが襲撃されたのは7月9日なのに、国葬は9月27日だから2カ月半もダラダラしてしまった。 

 普通お通夜と葬儀は一週間で行うのが日本の慣行だし、英国も今回2週間程度で国葬を行うというから尚更である。まさか英国女王が死去するなんて想像もしなかったのだろうけれど、この選択は間違っていた。

 本来は故人を忍ぶはずの舞台が、こうして汚されてしまった事に情け無い思いがする。そもそも今回の国葬には無理があったのは世論調査からも明らかだ。本当に不道徳な人が多過ぎる。

Sunday, 4 September 2022

ゴルバチョフの死

一昨日、ロシア大手石油会社の会長がビルから転落死した。死因は自殺と言う。ロシア実業家の自殺は、今年に入ってから6人目と言う。家族も含めるとその数はもっと増えるし、その不審な死に改めてロシア社会の陰湿さを感じるのであった。

それにしても亡くなった場所がワシントンDCやスペインだったり、刺客は外国迄飛んで行ったかと思うと凄い。ふとメキシコで殺されたトロツキーを思い出した。

ロシア実業家はオリガルヒと呼ばれている。彼らのルーツは「赤い貴族」と言われた元ノーメンクラートである。ソ連崩壊でロシア経済の民営化が急速に進められ、それを担った元エリート層だった。それが最近、ウクライナ侵攻を巡ってプーチン政権と対立し始めた。不審死はその報復なのだろうか?

そんな矢先、ゴルバチョフ元大統領が亡くなった。ソ連崩壊の救世主として西側には称賛されたが、ロシア内では敵も多かったようだ。プーチンも葬儀に参列しなかった。ソ連社会主義の崩壊は偏った新興財閥を生んだし、ロシア経済も一時かなり落ち込んだからだ。 

ところでソ連崩壊の頃、東京に「ゴルバチョフ」と言う名のロシア料理屋がオープンした。その強烈な名前に店は繁盛したが、ある時ロシア大使館からクレームが入った。店側は暫くして店名を変える事になったが、当時は日本でも人気を博した。

あれから30年、ソ連の衛生諸国は解放されたが、ロシア人は幸せになったのだろうか?東西の冷戦は終わったものの、こうしてロシアのウクライナやアフガン侵攻を見ていると、ノスタルジーが強い気がしてならない。

Wednesday, 31 August 2022

運転免許の更新

先日、運転免許証の更新に行った。近くの警察署に着くと結構な人が並んでいた。正に密状態で、改めて対象者の多さに驚いた。 

 担当官も次ぐから次へと流れ作業で捌くのだが、視力検査でつっかえてしまった。前に並んでいた男が間違えたようで、検査官から「もう一度!」と言われた。男は「ちょっと待って下さい」と目を擦り再挑戦するが今度も違った。検査官はそれでも忍耐強く「もう一度良く見て下さいね」と促すと、男は「うーん、上かな?」と自信なさそうに答えた。

流石にこれは正解だったようだが、その時分かったのは、正解が出るまで何度でも試せる事だった。所詮解答は上下左右の四コマしかないので、最悪四回やればメクラでも合格出来る仕組みだった。 

 かくの如き形式的な免許証制度に疑問を持つ人は多いと思う。車検もそうだが、国土省の天下り先の為に払っている感覚は拭えない。 

 アメリカやイギリスも10年更新で他国並みなのかも知れないが、フランスのように一度取れば生涯更新なく使える国もある。自動運転の時代に入っているのだから、そろそろ考え直してもいい時期かと思う。

Saturday, 27 August 2022

干ばつと殺人事件

世界的な異常気象が続いている。欧州やアメリカ、中国でも40度越えの日が続いている。熱波で火事も多発し足り、農作物への被害も深刻になっている。

雨も降らないので、湖や河の水位がどんどん下がっている。ライン川の運航船の貨物が半分にしたとか、三峡ダムが緊急放水したとか、ニュースは絶えない。そんな中、思わぬものが出現して話題になっている。中国では長江の川が干し上がると仏像3体が現れた。600年前の物らしいが、ちょっとした観光になるかも知れない。

セルビアでもドナウ川から、第二次大戦時に沈められたドイツ軍艦が現れた。クライブ・カスラーの冒険小説は、こうした難破船を題材にしているだけに、ロマンを掻き立てられた人は多いのではないだろうか? 

 驚いたのは、アメリカのネバダ州の湖底から樽に詰められた遺体が出て来た話だった。服装から1970年代の時期も特定された。50年前だから、ひょっとして犯人は生きているかも知れない。長い間、完全犯罪が成立していたと思いきや、正に天が暴いた一件だった。

一度終わったはずの過去が、突然ある時明るみに出ると誰しもが驚く。思い出したのは、映画「太陽がいっぱい(Plein Soleil)」である。アラン・ドロンの若い頃の作品で、彼が演じる青年がヨット上で殺人を犯す。遺体は海に流して終わったかと思っていたが、遺体が船底に絡まっていて、陸に引き揚げれた船から事件が発覚するのであった。完全と思っていても、どこかに落とし穴はあるものだ。

Friday, 26 August 2022

ガリツィアのユダヤ人

行った事もないウクライナのガリツィアだが、バルザックが遥々パリから文通相手の婦人に会いに行った土地と知って以来、気になっていた。先日本屋に行くと、「ガリツィアのユダヤ人」というタイトルの本が目に留まった。

早速読んでみると、著者は一ツ橋を出た金沢大の先生だった。ガリツィアは元ポーランド領だったが、今は西ウクライナに属する地域で名前も消えている。そこにやはり消えてしまったユダヤ人の研究をしていて、そのマイナーさに変わった人がいるもんだと思った。ただそれは田澤耕氏のカタルーニャ語のような独創性もあって、ついつい引き込まれてしまうのであった。 
 
氏は「隣人が敵国人になる日」も出していた。言わずとポーランド人とウクライナ人の反目である。それに少数民族のユダヤ人が絡むのだが、改めてこの辺りは、昔から争いが絶えない血生臭い土地だと教えてくれるのであった。

ところでゼレンスキー大統領もユダヤ人と聞く。彼は東ウクライナの生まれである。ガリツィアにも現在7万人位のユダヤ人が残っているというが、著者によれば昔からいたユダヤ人はアメリカなどに出て行って、今いる人はロシアから入って来た人だという。だから彼のルーツも同じような経路を辿っているのかも知れない。

いずれにしても、日本と違って大陸に住むと大国のパワーバランスに振り回せれるから怖い。ガリツィアからポーランド人が出て行ったのも、ドイツが敗北した玉突きだった。島国の日本にいると、こうした感覚が中々分からない。

Friday, 19 August 2022

犬とペットロス

愛犬が耳を搔いている。痒そうで後ろ足で何度もボリボリやっている。昔飼っていた犬も同じようなことをしていたので、「ひょっとして?」と思い見ると、耳の中に膿が溜まっているではないか!早速近くの獣医に連れて行くと、「これは外耳炎だね!」と言われた。飛び込みだったが、丁寧に治療してもらい事なきを得てホッとした。

犬を飼って40年、今回ので6頭目になる。長生きするのもいれば、2年弱で死んでしまったのもいた。一緒に暮らしていると家族同様、あるいはそれ以上に情が移るから困ったものである。だから急にいなくなると寂しさと喪失感で変になってしまう。

昨年8歳で死んだゴールデンレトリバーはその典型だった。大人しくて置物のようにじっとしている犬だった。普段は呼んでも来ないが、エサの音がすると立ち上がってやってくる。それがある時突然元気がなくなった。大好きな散歩も嫌がり、2カ月ほどして電池が切れるように息絶えてしまった。暫くは毎日、写真ばかり見ては懐かしんだ。所謂ペットロスになってしまった。 

そんな話をやはり犬仲間のCさんにした。Cさんは奥さんに先立たれ愛犬と二人暮らししている。ただその愛犬も17歳、もういい歳である。そんなCさんを見て「そろそろもう一匹飼ったらどう?」と話した。「そうだな?でも俺も歳だから新しいのが来ても、俺の方が先に逝っちまうよ!」と尻込みする。「そんな事心配しちゃ駄目だよ!新しいのが来れば又変わるから!」と言ったものの、その後どうなったのだろう。犬は可愛い分、付き合い方も大変だ。

Sunday, 14 August 2022

田澤耕氏の人生

馬鈴を重ねて人生を振り返ると、失敗談ばかりが出てくる。「反省は年寄りの特権」と誰かが言っていたが、正にその通りで困ったものである。

その一つが英語である。未だに語彙は少ないから原書も真っ当に読めないし、映画を見ても何を言っているのか分からない。昔英語でプレゼンした時、上司から「それじゃダメだ!」と言われた事があった。その時は「何で?」と思ったが、今になってその意味が分かり恥ずかしくなっている。そして「俺は本気で勉強したのだろうか?」と、安易に過ごして来た日々を後悔するのであった。 

そんな事を思い出させたのが、田澤耕氏の「カタルーニャ語、小さなことば、僕の人生」の一冊だった。同世代の氏は、東京銀行からスペイン留学を経て、カタルーニャ語の権威になった。ひたすら好奇心と知的生活を追って行く内に、気が付くとゴールに立っていた自然体が、読んでいてとても快かった。

 外国に憧れてた動機は俺と同じでも、学生時代から英語の翻訳は友人から「これで食っていけるよ!」と言われるレベルだったと言う。仕事の傍らに受けた日仏の通信講座も、俺も試したが成績も良かったようだ。成る可くしてなった人だったのかも知れないが、やはり本気度が全然違っていた気がした。

 本の最後に癌に冒されている事を述懐していた。まるで遺書のようで、上り詰めた一本の人生を総括しているようだった。人生で出会った人に後年助けられる話や子供の教育など、人間的にも立派な人だったのが伝わってくる。斯くしてスペインの空気の中で送る余生も理想だし、俺もこんな生き方をしたかったと、誠に羨ましく思えたのであった。

Tuesday, 9 August 2022

バッハの無伴奏

久しぶりに生のクラシック音楽を聴きた。ハンガリー人のチェリストを中心にした、シューベルトやベートーヴェンの三重奏、四重奏であった。余り聴き慣れない曲だったが、シューベルトが18歳の時の作品だったり、生涯独身だったベートーヴェンの女性への思慕も入っているとかで、作曲時の風景を思い浮かべながら楽しんだ。
 
中でもバッハの無伴奏は良かった。無伴奏はハーモニーがないので単調である。

ただバッハの曲は、省略された低音や和音が想像力を生み出すと解説にあった。分かったようで良く分からない説明だが、不思議とそのモノトーンが心に響くのであった。 

その旋律を再発見したのがパブロ・カザルスと言う。カザルスは国連でカタルーニャに思いを込めてバッハを演奏した時、鳥はピース!ピース!と鳴くと話していた。以来、鳥の鳴き声を聞くとカザルスとチェロを思い出す。 

今回改めて三重奏を聴いてみると、始めはバイオリンの音に耳が集中した。ただ暫くするとチェロに移った。ヴィオラは最後まで脇役だったが、バイオリンとチェロの間に入っていい味を出していた。色々発見のある一日であった。

Saturday, 6 August 2022

馬鹿の語源

アメリカ下院議長のペロシ氏が台湾を訪問した。女性ながら中々芯が強い人のようで、トランプ氏の議会演説の原稿を破ったビデオも放映されていた。これに対し、中国は当然反発し軍事演習を始めた。日本のEEZ内にも着弾したようで、予期せぬ衝突が起きないか心配だ。

中国共産党は、台湾を含む少数民族を力で抑えている。ウィグルやチベット、香港など、少数民族といってもその土地は国土の半分近くを占めている。ウィグルは天然資源と核実験の希少な土地だったり、台湾は故宮博物館には歴史のお宝が眠っている。もしもこれらを失えば昔の大陸民族に戻ってしまうから、必死なのだろうと思っている。

それにしても中国共産党の思想・情報統制は凄いものがある。ITが進化しているから、益々コントロールは盤石となっている。昔から中国人と話しても全くつまらなかった。本音がなく綺麗ごとばかり並べるからだった。その内何か馬鹿に見えて来たが、今から思うと長年培われた保身術だったのだろう。

その「馬鹿」の語源について、最近出た百田尚樹氏の「禁断の中国史」で紹介していた。それは始皇帝の死後に頭角を現した趙高という男の話である。ある日彼は鹿を連れてきて、臣に「これは馬だ!」と言った。「お前はどう思う?」と臣に聞き、「いやそれは鹿です」と応えた者を後で処刑したという。忠誠の首実検だったようだが、今でもきっと同じ様な事をやっているのだろう。

Friday, 5 August 2022

リンクスのゴルフ場

先週、国内の女子ゴルフ大会で、勝みなみ選手が22アンダーで優勝した。4日間の72ホールでノーボギーで廻った。これは史上初という。日頃ボギーを取り敢えずの目標にしている者にとって、流石プロは違う!と思った。

同じ週、スコットランドでは古江彩佳選手が21アンダーで優勝した。4日目は10バーディーとノーボギーだったという。こちらも立派だった。気になったのは、舞台になったDundnald Linksのゴルフコースである。

場所はグラスゴーの西、スモーキーなウィスキーで有名なアイラ諸島の対岸だった。1900年の初頭に開場した名門倶楽部も、戦時中は陸軍の駐屯地だったという。気になるプレー費だが、この季節、宿泊込みで1ラウンド500ポンド(約8万円)というから決して安くない。 

 リンクスは何度か試してみたが、どこまでも続くグリーンを歩いているだけで幸せな気分になるものだ。木々がないせいか、距離感が掴みにくかったり、一見パターで転がせるような錯覚に陥るのが特徴だ。

気を付けなくならないのがブッシュである。ボールが見つかってもまず出ないし、何よりティッシュペーパーが落ちている事がある。コースにはトイレがないので、ブッシュで用を足すので要注意だ。海岸線だから、海風を味方に出来るかが勝負の分かれ道になる。

今週は渋野選手も出ている全英オープンをやっている。やはりスコットランドのMuifieldで、此方もリンクスコースである。コロナが晴れたら、また行ってみたくなってきた。

Friday, 29 July 2022

人の中で生きる

又コロナ感染が拡大している。慣れっこになっているとはいえ、いつ終わるとも知れない不安が付き纏う。 

コロナ禍で人と人が集まる機会が減っている。今まで義理で集まっていた事が多かったので、かえって煩わしさが減って喜んでいる人は多いのではないだろうか?ソーシャルディスタンスは意外と快いものである。

そんな中暫く前に、テニス倶楽部の✖️✖️周年のパーティーがあった。100人以上の人が集まり皆オシャレしてやって来た。いつもの運動靴姿に見慣れていると別人に見えた。中には和装でめかし込んでくる奥方もいて、思いの外華やかな雰囲気になった。 

 外賓の祝辞が終わると乾杯で交流が始まった。壇上には次々と会員の人が登り、沢山の思い出を述べていた。ここで結ばれた夫婦もいて、倶楽部は生活の一部と言っていたのが印象的だった。

 家に戻ると数々の記憶が甦ってきた。入会して間もない頃に優しく声を掛けてくれたAさん、肉離れを起こしKさんに担がれた事、仕事疲れでトスを上げるとクラクラした事もあった。勤務先の破綻が新聞の一面に載った時は辛かった。いつものように顔を出すと、何故か皆目を伏せて余所余所しい。そんな時にMさんが遠くから声を掛けてくれた。あの時は嬉しかった。 

 そんな事もあり、俺はやはり人の中で生きて来たのを再確認した次第だった。たまに集まりに出るのも悪くないもんだ。

Sunday, 24 July 2022

ガリツィアの日本人

佐々木譲の警察物はあまり読まないが、海外小説はとても面白い。「ベルリン飛行指令」や「エトロフ発緊急電」「ストックフォルムの密使」など、著者はよく調べたと感心する。特に「ベルリン飛行指令」は、ゼロ戦2機で遥々南ルートでドイツまで飛ぶ壮大さが気に入っているし、「エトロフ発緊急電」も開戦間際の緊張が伝わってくる。
  
ふと最近、他に何かないだろうか?と探してみたら、「帝国の弔砲」が出て来た。ロシア革命を挟んで、ロシアに移住した日本人一家の数奇な運命を描いた小説であった。主人公の最後は日本に戻りロシアのスパイとして働くのだが、当時のロシアの様子がよく描かれていて面白かった。 

その中にウクライナのガリツィアが出て来た。今ではポーランド国境に近い南西部の地域は、嘗てはバルザックが恋人を慕い遥々パリから通った時はポーランドの土地だった。そしてそれ以前はオーストリア帝国の傘下にあった。

物語では、駐留するオーストリアの大公を拉致する作戦に主人公が参加した。 ガリツィアには行った事はないが、昔はポーランドやハプスブルグ、最近はやはりソ連の一部だった事がよく分かる。ウクライナになってからの歴史は本当に短いのだった。

Saturday, 23 July 2022

ゴッホのStarry night

先日スコットランドで、ゴッホの自画像が新たに発見された。「農婦の頭部」の裏側にエックス線を当てると浮かび上がったと言う。ゴッホほど世界的に愛される画家もいないから、また一つ話題が増えた。 

ゴッホの絵画は世界中に散らばっていて、どこも美術館も目玉である。アムステルダムのゴッホ美術館は元より、NYやベルギー、見た事はないが日本の安田火災もバブルの時にひまわりを買った。映画「遠すぎた橋」の舞台になったオランダ・アーネム(Arnhem)のクレラー・ミューラー美術館(Kröller Müller Museum)も有名だ。ミシュラン3つ星のというので随分前に週末を使ってパリから車で行ったが、正に遠すぎた場所で帰るに難儀した。
 
ゴッホを身近にしてくれるのは、彼が晩年を過ごしたパリ郊外のオーヴェール・シュール・オワーズ(Auvers-sur-Oise)だろう。有名な「ガシュ医師」や「教会」、「麦畑」など当時の風景がそのまま残っているから、その場に立つとタイムスリップした気分になる。彼の部屋や弟のテオと並ぶお墓にお参りすると、ちょっとした小旅行になる。

 処で「星月夜(Srarry Night)」という作品がある。彼がゴーギャンとの別れ耳を切った後、入院した南仏のサンレミ・ド・プロバンスで描いたものだ。アルルのレストランで夜食事をして外に出ると、同じような色彩に改めて感動した記憶がある。 

その絵画を歌った「ヴィンセント(Vincent)という曲もある。昔カラオケ通いをしていた時、誰かが素晴らしい声で歌っていたのを聴いた。以来そのStarry,starry nightで始まる曲はお気に入りの一曲になっている。ただ夜空の青をChina Blueと表現いるのが、未だに何故Chinaなのか分からないが。

Monday, 18 July 2022

身体の黄金比率

ちょっと前の本だが、 ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル」は面白い作品であった。ワシントンを舞台に相変わらずの謎解きをする。議事堂の地下の部屋やオベリスクの位置など、興味満載であった。 

 最大のオチはその犯人像であった。フルーメイソンの最高位を継ぐスミソニアンの館長の家族が何者かに命を狙われるが、最後に犯人は死んだはずの息子だと分かる。勘当同然の不祥息子が、親の秘密を暴きに戻って来たのであった。

読み終わってふとマッカーサー元帥を思い出した。あの英雄にも一人息子がいた。ただ親父が余りにも有名だったが為に、成人するとNYのソーホーに消えたという。何方も偉大な親を持つ悲劇であった。 

本の中に黄金比率の話が出て来た。1:1.618の究極の美比率である。ダビンチのモナリザの顔の縦横、ピラミッドの床と側面積、螺旋階段などに古くから使われている。 

ラングドン教授によると、ヒトのヘソから足元と身長、又肩から指先と肘から指先までも黄金比率という。早速巻尺を持って来て測ってみると大体合っていた!身近な謎解きはトレビアであったのだ。

Saturday, 16 July 2022

迫力満点のトップガン

毎日よく雨が降る。また梅雨に戻ったようで、天候の不順に振り回されている。こんな時は映画館に行くに限ると、今話題の「トップガン マーヴェリック(Top Gun : Maverick)」を観に行った。平日の昼だと言うのに、満席で人気の高さを伺えた。 

主演のトム・クルーズは、相変わらず格好良かった。いつもの革ジャンにカワサキのオートバイを乗り回し、爽やかな笑顔と引き締まった体は昔のままだった。今年で60歳というが、前作から36年も経ったとはとても思えない。そのせいか、前作がまるで昨日の出来事のようでスッと受けれられた。

最初の「トップガン」は1986年、彼が24歳の時だった。旅行でカプリ島に行った時、地元の人から「最近トム・クルーズがここに別荘を買った」と言っていた。思えば長い間トップスターをやっている。 

作品を見ていて快かったのは、他の出演者も身体も鍛え抜いていて、本物のパイロットを彷彿とさせた事だった。撮影では出演者が訓練を経て実際に搭乗したと書いてあったが、トム・クルーズの拘りが作品をよりリアルにしていたのは確かだ。 

そんな彼は予てよりADHD(注意欠陥、多様性障害)を患っている。イチローやアインシュタインなど兎角天才と言われる人も罹る精神障害であるが、彼の一途で強い思い入れはそこから来ると思っている。

作品は兎に角迫力があった。噂の通り実際のジェット戦闘機を使った映像は、まるで観客自身が搭乗しているかのような感覚だった。息を飲むとはこの事で、特に後半の戦闘シーンは一時も目を離せなかった。最後も昔の恋人と嘗ての名機ムスタングで飛び立つなど、格好良さも満載の映画であった。

Friday, 15 July 2022

旧統一教会の献金

安倍氏の襲撃犯の動機が、旧統一教会の献金だったと問題になっている。先日の教団の記者会見を見ていたら、最低でも収入の1/10は義務という。これはキリスト教会の慣行らしいが、改めてその大きさに驚いた。

幸い今まで宗教被害に会った事はなかった。ただ周囲には結構トラブルになったケースは多い。K君は大学に入学すると原理主義の宗教に誘われ、半ば監禁状態に置かれた。親御さんが助けに行って取り戻したので助かった。やはり学生時代の友人I君もその一人だ。卒業して銀行に勤めたI君だったが、見合い結婚した相手が問題だった。夜になると蠟燭に火を灯してお祈りを始めたと言う。何の宗教だったか忘れたが、暫くして別れたと言っていた。

若い女性も街を歩いていると、「貴方には背後霊が付いています!」と声を掛けられる。「えっ!」とビックリして話を聞いてしまったら最後、取り込まれてしまう。教会に通う内に外国人神父に惹かれ、神様とごっちゃになってしまう悲劇もあった。 

宗教に走るのはそれなりの事情がある。今回の事件のような経済的理由や家庭からの逃避、近親者の死等々。勿論代々教会に通う敬虔な信徒が殆どだろうが、どうしても陰の部分の方に目が行ってしまう。

近所にも旧統一教会の支部がある。沢山の子供が出入りするちょっとした町の集会場である。事件以来、献金で生活が困窮しているのではないか?不動産まで売って破綻した人はいないのだろうか?将又一体どういう家庭の人が入っているのだろう?と、気になり始めている。

Thursday, 14 July 2022

晋太郎氏への思い

安倍さんの葬儀で、麻生さんが代表して弔辞を読まれた。盟友としての率直な語りに、多くの人の共感を誘ったようだ。その中で「天国で晋太郎さんにやって来たことを胸を張って報告すればいい」みたいな件があった。父の急逝を受けて政治家になっただけに、人一倍その継承には強い思い入れがあった。

随分前だが、ひょんなご縁で旧官邸を見学した事がある。二二六事件の時に撃ち込まれた弾丸の痕や兵士が野営した焚火の跡など、昭和の歴史が沢山詰まっていて面白かった。最後は組閣の時に記念撮影する赤い絨毯の階段で写真を撮ったり、地下の和室でお弁当を食べて散会になった。 

その中に(今では殆ど使われていないが)総理の執務室もあった。机の上には(当時は安倍政権だったので)晋太郎氏の写真が飾られていた。安倍さんはよくお墓参りをしていたし、麻生さんの弔辞を聞いてその事を思い出した。 

その見学会だが、途中でひょっこり安倍首相が現れた。記念撮影に華を添えて頂いたが、テレビで見るオーラがあった。当時は国会期間中で、昼休みを使って地下通路を歩いて来られたという。ワシントンの議事堂地下には議員宿舎と繋ぐ地下鉄もあるようだが、こちらも色々秘密が隠されているようだった。

ともあれ奇しくも父と同じとはいえ、67歳は余りにも早すぎた。嘸かし無念だっただろう。

Wednesday, 13 July 2022

安倍さんの訃報

先週の金曜日、ゴルフの前半が終わり食事に入ろうとした時だった。ニュースで安倍さんが撃たれて心肺停止という。一緒に廻っていたMさんと共に一瞬絶句した。

 あれから未だ一週間も経っていないのに、世の中が大きく変わった気がする。昨日は葬儀が営まれた。テレビで見ていたが、増上寺から永田町を経て桐ケ谷斎場までの沿道に多くの人が詰めかけていた。改めて国民に愛された指導者だと思った。

会場ではご自身が奏でる「花は咲く」が流されたという。それを聞いて早速Youtubeで見てみたが、安倍さんがピアノを奏でるとは知らなかったので驚いた。震災を想う曲がまさかご本人を偲ぶとは想像もしなかっただろうが、そのお人柄が伝わって来るようで感動した。 

 ピアノは子供の頃に習ったという。元より生まれと育ちには恵まれた人だったので、これも自然の才能だったのだろう。そんな処が好きな人と嫌いな人に極端に分かれたらしいが、人の好さと品格、ユーモアを兼ね備えた稀有な政治家であった。 

安倍さんには「桜を見る会」で何度かお目に掛った。未だに何が問題だったのかと思うが、芸能人や各界の著名人、各国の外交官など華やかな中心に安倍さんは良く似合った。いつも挨拶の終わりに即興の一句で華を添えた。「風雪に耐えて5年の八重桜」をにこやかに謳っていたのを思い出した。 

ご冥福をお祈りすると共に、長らく日本のリーダーとして頑張って来られた事に改めてお礼申し上げたい。

Monday, 4 July 2022

ワシントンDCの秘密

今から3年前にアメリカの東海岸を旅した。ウイリアムバークやゲティスバークなど、建国の歴史に触れたかと思うと、海軍兵学校のアナポリスや世界最大の軍港ノーフォーク、英霊の眠るアーリントン墓地など、近代アメリカの原動力になった聖地も訪れた。

改めてアメリカという国の大きさに圧倒された次第だが、特にワシントンDCのスミソニアン博物館に至っては、膨大な歴史の収集品は凄かった。

全部で19もある博物館などとても廻れる時間も無かったが、世界の歴史が全部集っているようだった。中でも近代美術品や飛行機は面白かった。ルネッサンスや印象派絵画、日本の零戦・紫電改や月光始め、あのエノラ・ゲイも目の前にすると、何十年前の日々が蘇ってくるのであった。 

そのスミソニアン博物館であるが、先日ダン・ブラウンの旧著「ロスト・シンボル」を読んでいたら、展示しているのは全体の2%に過ぎないと書いてあった。残りのお宝は支援センター(SMSC)と呼ぶ機構が管理しているらしい。一体アメリカの富って何なの?と改めて驚かされた次第だ。

「ロスト・シンボル」の物語は、その館長が誘拐される処から始まる。例によってハーバード大のラングドン教授が登場し、謎を解きながら核心に近づく展開である。

今回の舞台はそのワシントンDCであった。一昨年暴徒に襲撃された連邦議事堂も出てきた。あの時は建物が被害に会ったが議員は無事だった。何と地下には議員宿舎まで繋がる議員用の地下鉄で逃げたという。小説では地下の秘密部屋に、フリーメイソンの祈祷の間もあった。

物語の犯人はその儀式の映像を撮ったので、国家機密を危惧したCIAにも追われた。結局読者はどこまで本当でフィクションかなのか分からない。ただ例の1ドル札のデザインが、13段のピラミッド階段、13本の矢、13本のオリーブの枝などが、アメリカ建国13州とは偶然な数合わせなのだろうか、ピラミッドのプロビデンスの目も気になる。大きな力が今の世界を作っているのかも?と、ふと思ってしまう。

Saturday, 2 July 2022

G7のエルマウ城

先日ドイツでG7サミットが開催された。各国の首脳は、美しい自然をバックに記念撮影していた。会場はバイエルンのエルマウ城(Schloss Elamau)という。そんな処あったけ?と気になったので調べてみた。

名前は城(Schloss)だが高級リゾートホテルであった。2015年のG7の会場にも使われたという。ホテルはどちらも「隠れ家」と呼ぶ二つの棟からなっていて、The Retreatは一部屋960〜2100ユーロ、The Hideway は700〜1090ユーロと、日本円にして凡そ10万円から30万円であった。

戦後になってここで独英音楽フェスティバルが拓かれ、ヴァイオリンのメニューヒンやピアノのケンプも参加した。その名残なのか、今でも各種コンサートが催されてるようだ。施設内には立派なSPAもあり、登山だけでなくセレブがゆっくり過ごせるようになっていた。

勿論行った事はないが、地図で見るとフラスコ画で有名なミッテルワルドの近くだった。ミッテルワルドは家々の壁に絵が施され、それが目の前の岩山に映えてそれは美しい町であった。

その山はドイツ最高峰のツークシュピッツである。一回目は登山電車、2回目はロープウェーで登った。どちらも夏で空気が澄んでいたのだろうか、3000m近い山頂から見下ろすドイツアルペン街道の家々が驚くほどくっきり見えた。

G7では、馬に裸で乗ったプーチンを揶揄する発言があったという。こんな雄大な景色を前にすると、誰しも気持ちが大きくなるのも分かるような気がした。北に100km行けばミュンヘン、東に30kmでオーストリアのインスブルック、西にリンダウ湖を超えればスイスである。南に下ればオーストリアの先にイタリアが拡がる。そんな見どころ満載の土地柄であった。

Saturday, 25 June 2022

結婚しない若者

日本の少子高齢化は大きな問題だ。取り分け少子化は、国の将来が掛かっているだけに深刻な問題である。結婚しても子供を産まないし、そもそも結婚する人が減っている。

一生結婚しない生涯未婚率は、1980年頃までは男女ともに5%未満だった。それがその後増え続け、今では何と男が25%、女が16%という。バブルが崩壊して長期化したデフレのせいなのか、将又ユニセックスする世界的な兆候なのか、男女の役割に大きな変化が出ている事は確かだ。

先日発表された男女共同参画白書でも、「20代男性の4割がデート経験なし」と言っていた。本当かなと思ったが、意外と昔からこの数字は変わらないと誰かが言っていた。変わらないと言えば、「恋愛強者3割の法則」もあるらしい。恋愛関係に入れるのは、格好のいい男性と可愛い女性の3割に集中するという説である。後の7割は恋愛に縁のない人になる。ただ昔は恋愛しなくても結婚に漕ぎつけたのが、ここに来てどちらも無くなってきている。

若者に聞くと「結婚はめんどくさい」と言う。自由がなくなるし相手への気遣いも負担に感じるらしい。人は一人では生きて行かれない、人生の荒波を乗り越えるには伴侶が必要、というのはもう昔の話になっている。 

次の時代の生き方は若者が決める事だ。古い仕来りに拘る必要もないし、お互いそれがいいと思えば新しいスタイルで生きればいい。人口が減って労働生産性を心配する人も多いが、人口密度が改善されて快適になるかも知れない。籍は入れなくてもペットみたいな共同生活もあるし、所詮人間とて動物だから生存本能が何とかしてくれるだろう。

Thursday, 23 June 2022

顎関節症って

一カ月ほど前だったか、食事をしようと口を開けようとすると痛みが走った。また虫歯かな?と思って歯茎に触ってみたが、歯の異常はなさそうだ。ネットで調べて行くうちに、それは顎関節症ではないかと思えてきた。顎関節症は何らかのストレスで歯を食いしばるうちに、顎の筋肉に支障を来す病という。

早速行きつけの歯科医に行って相談した。ただネットでも書いてあった通り、それは歯科医の範疇でなく専門医の職域だと言う。先生は「大学病院に紹介状を書く」と言ってくれたが、自分で探すうちに、近くに顎関節学会の専門医がいる事が分かったので早速行ってみた。

そして受診する事1時間、骨には異状ない事が分かりホッとした。先生から治療は、「只管歯を嚙み締めないように心がける事」だと言われた。人は口を閉じた時に、上下の歯がくっ付かない事もその時初めて知った。そして「歯を離している?」の自己暗示を続けるうちに、大分回復してきた。 

それにしても「俺ってストレスあったのかな?」とちょっと心配になった。若い頃なら兎も角、歳を取っても無意識のうちに競争や時間に追われていたら、それは我ながら可哀そうである。原因不明のアクシデントに、ふと日頃の生活を顧みたのであった。

Wednesday, 22 June 2022

Île とisles

中公新書の物語シリーズは出ると必ず買っている。このブログでも何度も紹介したが、外交官の黒川氏の「物語ウクライナの歴史」は大変面白い本だった。同じくジャーナリストだった波多野氏の「物語アイルランドの歴史」も良かった。

ところが押しなべて学者先生の本は詰まらない。それは年表を追っているからである。最近出た「物語スコットランドの歴史」もその典型で、(作者の千葉大の先生には大変失礼だが)余りの多くの登場人物で何が何だか分からなくなった。

学者先生は年表の羅列しようとする余り、メリハリに欠ける。恐らく実社会の経験がないからか、読者が何を求めているのか気が付かないのかも知れない。つくづく膨大な歴史を物語風にするのは難しい作業だと思うが、市井感覚がないと物語にはならない。

そんな中、ひとつ収穫があった。それは「島」という単語である。スコットランドは800以上の島から成るが、島をゲール語でアイラ「isles」と呼ぶ。そう!あのアイラウィスキーの名称である。ふと気が付いたのは、フランス語でパリ近郊の地域圏を指すイール・ド・フランス(Île de France)であった。

イール・ド・フランスはパリ20区の周りに広がる通勤圏である。云わば東京周辺の関東圏にあたる。ゴッホが晩年を過ごしたオーベール・スール・オワーズやモネやピサロのポントワーズ、将又ユーロディズニーのマルヌ・ラ・ヴァレなど、今でも自然豊かな風景がパリ郊外に残っている。そのÎleはゲール語のislesであったのだ。「なんだお前そんな事も知らなかったの?」と言われるかも知れないが、何か嬉しくなったのである。

Sunday, 19 June 2022

国防費の倍額

ロシアの侵攻で、国防論議が一気に現実味を帯びてきた。台湾有事や北朝鮮の暴発などで同じような事が起きるかも知れない!そんな時に日本は戦えるのだろうか?急に不安になってきた。

国防費の増額や憲法改正も支持する人が増えているという。安倍さんは国防費を今の5兆円から10兆円にしろと言う。ただでさえも世界9位の軍事費である。倍にしたらアメリカ、中国に次いで世界3位になってしまう。流石にこれにはちょっとビビってしてしまうが、NATO加盟国の「GDPの2%基準」を適用するとそうなるらしい。

 立派な武器を持っても所詮戦うのは兵隊だ。戦後75年、一度も実戦がない軍隊って大丈夫だろうか?と心配になる。そんな矢先、今年の芥川賞作家、砂川文次氏の本が書店に並んでいたので買ってみた。 

 氏は元自衛官で、その体験を短編にしていた。「小隊」の舞台は北海道、「戦場のレビアタン」はイラク、「市街戦」は国内の行軍訓練であった。どれも模擬訓練を通した想像の世界で、何か読んでいて虚しくなった。失礼ながら芥川賞ってこの程度?とガッカリすると共に、自衛隊の実態にも心細くなった。

 中国の兵士の士気はもっと低いと誰かが言っていた。兵士になるのは党や官僚になれなかった農家の子供と言うのがその理由らしい。金儲けは好きだが、凡そ国に忠誠を誓う国民性とは縁遠い、そう思うと変に納得した記憶がある。

 誰か強くて弱いのか、今回のウクライナではないが、こればかりは戦ってみないと分からない。一つ言えるのは、対岸の火事の時代は終わったという事である。

Sunday, 12 June 2022

プーチンとピョートル

今年はロシアの大帝ピョートルの生誕350年という。プーチンはその祝賀行事で彼の栄光を称えていた。特にスウェーデンに勝利した話を引き合いに出していた。ウクライナに準えたのだろうか、何か時代錯誤の感は拭えない。

そのピョートルだが、随分前に読んだアンリ・トロワイヤの「大帝ピョートル」は中々いい本だった。工藤康子氏の翻訳も素晴らしいし、彼と彼女の三部作「女帝エカテリーナ」と「イヴァン雷帝」も傑作であった。 

ピョートルは戦略に長けていただけでなく、欧州のシステムを積極的に取り入れた。例えば外国人士官の登用、当時の将軍の半分は外人だったり、文官、武官、宮内官を12の階級に整理した官等表を作り役所の風通しを良くした。

フィスカルと呼ぶ行政監督制度もあった。500人の監督官が腐敗した裁判官や汚職官吏の摘発に励んだ。所謂スパイの先駆けである。この辺がプーチンが慕う理由の一つかも知れないが、ロシアらしかったのは、監督官が課した罰金を国と本人で折半した事である。当然それがまた腐敗を生んだので、制度は廃止になったという。

ピョートルの私生活も波乱に富んでいた。結婚はしていたが、ラトビアの田舎で部下が拾った17歳の少女を洗濯女として身近に置いた。それが後の皇后エリザヴェータであった。ただ一人息子はひ弱で父の期待に沿えなかった。挙句は父に反旗を翻したため、父は死刑を告げるなど、かつてのイワン雷帝と同じ運命を辿るのであった。

Sunday, 5 June 2022

ビゴーの風刺画

明治の外国人画家として有名なのは、ジョルジュ・ビゴーだと思っていた。在日は17年になり風刺画を通して明治を描いたフランス人である。日本人女性とも結婚したので、日本社会の洞察も深かった。随分前になるが、清水勲氏の「ビゴーが見た明治ニッポン」を通じて、彼の観察眼に感心した記憶がある。 

 例えば男女の仲、事を急ごうとする男と逢引から人目を避ける女、果てて疲れた女ともう一戦を嗾ける男などの描写、又下駄や簪の泥棒も、一瞬を捉えて漫画にするセンスに長けていた。勿論政治の風刺も多かった。

男の顔に共通するのは出っ歯と吊り目である。昔から外人が描く日本人は背が低く、丸眼鏡を掛けてカメラをぶら下げる特徴があったが、この頃から歯並びと細い目は気になっていたようだ。
それにしても、彼の風刺画はどれもコミカルである。ロートレックのタッチにも似ているし、思い出すのは暫く前にパリで銃撃されたシャルリー・エプドである。ムハンマドを冒涜したのがイスラムの逆鱗に触れたという。そのシャルリーのタッチもやはり滑稽で心を掴まれたが、フランス人特有のエスプリにはつい頬が緩んでしまう。

 府中美術館の作品の中にビゴーの作品は一点あった。他の作品の多くは英国人画家だったので、ちょっと異端であった。やはり風刺画は絵画のジャンルではなかったのかも知れない。

Friday, 3 June 2022

湿潤穏和な風景

ひょんな切っ掛けで、今府中美術館で開催の「やさしき明治」展を見に行った。日本人のコレクターが永年に渡り、世界に散っていた明治時代の絵画を里帰りさせた展示だった。 

 一点一点がとても丁寧に描かれていて、色彩も美しかった。何よりその風景が古き良き時代の日本で、素朴で平和な雰囲気が伝わってきた。描かれている人々も長閑で純粋だった。

描いたのは、明治に来日した外国人画家と彼らに影響を受けた日本人であった。外国人の多くは英国人であった。こんなに多くの、しかも無名の人が明治に滞在していたのは驚きだった。しかもその人達の質はとても高かった。

 全体の印象として、解説にあった「湿潤穏和な日本の風景」という表現が的を得ていた。見て回ること約1時間、ビルのない景色に浸るととても心良いものがあった。

Monday, 30 May 2022

黄金の魔力

先日部屋を片付けていると、真新しいカナダコインが出て来た。エリザベス女王をモチーフにした5ドルコインだった。それを渋谷の古銭商に持っていくと、何と5万円近い価値が付いたのにはビックリした。思いもしないお宝発見に少し色気付いた。

そんな最中、昔の本だがダグラス・ボイドの「外人部隊(原題:The Eagle and The Snake)」を読んでいると、こちらもお宝の話だった。物語はフランスの外人部隊の生き残りが、ベトナムのディエン・ビエン・フーで金塊を取り戻す話である。金塊は兵隊の給料であった。白い帽子と呼ばれる元傭兵たちが、退役後に同じメンバーで現地に戻る件は中々読み応えがあった。

金塊と言えば、浅田次郎の作品で映画にもなった「日輪の遺産」もあった。物語はマッカーサー財宝を、軍がフィリッピンから持ち去り日本の山中に隠した処から始まる。その額は現在の価値で200兆円というから凄い。競馬場で知り合った老人が、死ぬ前にふと漏らした事からその存在が発覚する。大金を持っているとつい他人に云いたくなるようだ。 

またナチの黄金を扱った映画、「ネービーシールズ(原題:Renegades)」も面白い作品だった。湖底に沈む金塊2000個を海兵隊員が奪還する。舞台がボツニアという辺鄙な場所や、ナチが村ごと湖底に沈める隠匿は中々リアルだった。 

黄金は人の心を迷わすと言う。普段あまり縁がなくても、小説にちょっと組み込ませただけで、俄かに活気付く魔力がある。言わんや現物なら尚更である。

Sunday, 29 May 2022

ツォンガ最後の全仏

今年もローランギャロスが始まった。大坂なおみが1回戦で敗退したり、トォンガやシモンのの初戦で盛り上がった。どちらも今季で引退するフランスのエースなので、一回戦とは思えない白熱とした内容だった。 

 特にカレーノ・ブスタとフルセットを戦ったシモンへの声援は凄かった。老若男女、子供まで含めた観客が、夜の1時を廻っていると言うの大興奮であった。改めて「彼はこんなに愛されていたのか?」と羨ましかった。

トォンガの対ルード戦はもっとドラマティックだった。第四セットで肩が上がらなくなったトォンガが、タイムブレークで0/6になった時だった。マッチポイントを迎えると、彼の目から涙が溢れて暫し時間が止まってしまった。ルール上はオーバータイムでペナルティーを課されるところだが、オーバールールになった。それはとても感動的な場面だった。 

一方で女子はシフォンテクというポーランド人がシードNO1についている。暫く見ないと激しい入れ替わりである。嘗てのレジェンドが去る中、若い人が伸びて来るのはとてもいい事である。 

 日差しの強いこの季節、選手の鍛え上げられた肉体がまるで芸術作品のように浮かび上がってくる。それがまた赤土に映えてとても美しい。赤土はフランス語でterre battue(砕かれた土)と呼ぶ。石灰を砕いた語源だが、選手もそこで粉々になっていく。今年もあと一週間、誰が残るのか目が離せない。

Friday, 27 May 2022

カラスの死骸

先日、庭で犬が吠えていた。誰かが通り掛かったのだろうと思って放っていたが、中々鳴き止まないので出てみた。すると木の下にカラスが横たわっていた。仲間外れになったのか、将又食料不足なのだろうか、全く元気がない。

どうしたものかと思っていると、あっと言う間にひっくり返ってしまった。死んだことは直ぐに分かった。虫は死ぬと仰向けになるが、全く同じであった。 

早速保険所に電話すると、管轄は清掃局という。そこで清掃局に連絡すると、「箱に入れて家の前に出しておいて下さい」と言われた。「気持ちが悪いので庭まで取りに来てください」と頼んでも、「敷地内には入れない事になっています」と役所らしい返事が返ってきた。 

 仕方がないので、スコップで取って死骸を箱に詰めた。愛犬はそれを黙って横で見ていた。言われた通り家の前に置いておくと、暫くしてゴミ回収の人が持って行った。

それにしても気持ち悪い事極まりない。今年は巣作りがなくホッとしていたら、思わぬ珍事が待っていた。

Sunday, 22 May 2022

霧ヶ峰のグライダー

5月の連休に、友人のT君夫妻が霧ヶ峰に別荘を建てたというので呼んでくれた。南アルプスや八ヶ岳が望める絶好のロケーションで、優雅な休日を送っていた。

その霧ヶ峰だが、思えば初めての場所だった。広い丘の上に着くと、駐車場は遠方からの車やバイクのツーリングの人で溢れていた。近くに飛行機が止まっているのが目に入った。地元のグライダー倶楽部らしく、そう言えば諏訪に住む仕事仲間のKさんが、週末に通っていると話していた事を思い出した。山の上に突然現れた翼にはビックリしたが、日本離れしたスケールがあった。

飛行機と言えば、何年か前にアメリカの東海岸を旅した時だった。アメリカ発祥の地であるノースカロライナを車で走ると、キティーフォーク(Kitty Hawk)という砂洲の町に入った。「軍艦の名前と同じだ!」と思っていたら、多くの観光客が集まっている場所があった。 

そこは何と、ライト兄弟が初めて有人飛行に成功した記念すべき場所であった。広大なセンターに入り、記念館や彼らが大西洋の風を使って舞い降りた小高い丘を廻った。飛行の一回目は120ft(36m)から始まり、四回目では852ft(259m)を飛んだ。その印が残っていて、レンジャーが当時を解説していた。

その日はその町に泊まろうとホテルを探したが、どこも満員であった。仕方なく一番近いとは言っても、80㎞離れたエリザベス市まで車を飛ばした。幸いそこで宿を見つける事が出来たが、レストランがハンバーガーショップ以外何もなかった。そこで閉まりかかっていたショッピングセンターで、ビールとハムを買いホテルで食事をした。そんな大変な一日を思い出した。


Sunday, 15 May 2022

スウェーデンという国

フィンランドがNATO加盟を申請した。スウェーデンもやはり加盟するという。フィンランドは兎も角、第一次、第二次大戦時でも中立を保ったスウェーデンの動きはちょっとした驚きである。 

スウェーデンと言えば、スイスみたいなクリーンなイメージが付き纏う。映画「パリは燃えているか?」でオーソン・ウェルズ演じるスウェーデン大使が、ドイツ軍との仲介に奔走してパリを救っていた。

そんな国がどうして永年に渡って中立が出来たのか?これも私見だが、偏に地政学によるラッキーだと思っている。何より隣のフィンランドが壁になってくれた事に尽きる。加えて国土は、使用済核燃料を地下深く保存出来る強固な岩盤層に恵まれ、南はバルト海に面している。 

 嘗てはオスマンまで下った大帝国だったが、18世紀の北方戦争でロシアに敗れたのが大きかった。それを境に今の形になってしまった。ただ自衛力は、飛行機のSAABや重火器のBOFORS、VOLVOも戦車メーカーだし、自前で賄っているのが凄い。ストックフォルムの軍事博物館では、これを使い国連のNPOで活躍した話を紹介していた。

人や街並みはクール過ぎてちょっと馴染みにくい。スティーブ・ラーソンの小説「ドラゴンタツーの女」に出て来るリスベットは男みたいな女だった。ユニセックスが高じるとこうなるのだろうか?貴公子と呼ばれたテニス界のステファン・エドヴァーグやイングリッド・バークマンも美しいが、絵のような世界の人である。街並みも綺麗だが、何か寒々しく物価が高いので居心地は良くない。

加盟ではトルコが反対しているという。そもそもトルコなんて入れた事が間違いだったと思うが?フィンランドに頑張ってもらって今回は見合わせると言う選択もある。ただ最早、地政学の時代は終わっているのかも知れない。

Thursday, 12 May 2022

ロシア人のパラノイア

随分昔の本だが、W.Adlerの「シベリア横断急行(Trans-Siberian Express)」という小説があった。余命が迫ったソ連の書記長が、核のボタンの葛藤を描く物語である。アメリカ人の医師やKBGも同じ列車に乗り合わせ、シベリアの荒野を舞台にドラマが続いた。

小説としては今一面白みに欠けていたが、訳者が後書きでロシア人の偏執病(パラノイア)に触れていたのが興味深かった。それは、アメリカが中国に肩入れし過ぎると、ロシア人のパラノイアに火を付け掛けかねないと、著者が警告するエピソードである。

偏執病は、「他人の敵意を勝手に想像して一連の妄想を抱く事」である。時代は変われど正に今のプーチンそのものであるが、一体このロシア人の性癖はどこから来るものなのだろう? 

私は兼ねがねそれは、ロシアの地政学と関係していると思っている。つまり一年中を通して殆どが冬の閉ざされた土地に住むと、人は忍耐強くなる一方で、牢屋に閉じ込まれているような気分になり、それが被害者意識に繋がっていくという説である。

彼らは西洋人が四季に恵まれ、夏の太陽を十分浴びる光景を見るにつけ、同じ人間だから常日頃から妬みと不平等感を持っている。太陽信仰の一種だが、アフガニスタンやグルジア、嘗てのオスマン帝国、そして今回のウクライナへの侵攻も、そんな心境に根ざしているのは間違いない。

因みに余談だが、訳者の故中野圭二氏は「シャドー81」など多くの翻訳を世に送り出している。学生の頃英語の授業で習った事があったが、黒縁の眼鏡と胃が悪いのではないか?と思わせるニヒルな風貌で、如何にも学者らしい人だった。

Wednesday, 11 May 2022

カラフルな霞が関

霞が関の若手官僚が、カラフルな霞が関を目指した提言を行った。ブラックのイメージを払拭するのが目的だと言う。背景には、この6年間で若手の離職者が4倍にもなっている事がある。国を支える人がいなくなるのは、誠に由々しき事態である。 

ブラックの原因は、何と言っても国会対策である。先生方の質疑に待機するのは、霞が関の官僚ばかりでなく、政府系の外郭団体まで含めると大変な数になる。一度待機命令が出ると、いつ鳴るかもしれない電話の番に当たる。夜遅くまで全員が居残り、泊まり込みは若手が担当する。凡そ家庭との両立など出来る訳がない。

もう一つはマスコミ対策である。役所の仕事の殆どは辻褄合わせである。よく「新橋駅前の人100人に聞いたら?」という言葉を耳にする。市民感覚を大事にしつつ、不都合な真実が出て来ると、正当な論理へのすり替える作業が始まる。先のモリカケではないが、そこには担当者の犠牲が伴うのは必至である。ただこの作業を卒なく熟せる様になると、評価が高まるのだが・・・。 

更に最近ビックリするのは、若手の人が昔に比べて随分と礼儀正しく言葉使いも丁寧になっている事だ。これも時代の要請なのだろうか、役人と言うと威張って横柄だった時代を知る者にとっては、ちょっとした変化である。ただ問題は、安い給料と権威、威厳のバランスである。人間だから権威と威厳が無ければ、単なる事務屋に成り下がってしまう。文字通りの(シビル)サーバントだが、退職者が増えているのは、このプライドの部分が大きい気がしてならない。

昔から役所は暗く地味なイメージが付き纏う。書類が山積みされた大部屋で、サンダル姿は定番、女性も地味なおばさんタイプが多い。服装にも無頓着で、電車に乗っていると一目で役所の人と分かる独特の雰囲気がある。カラフルな職場に変えたい若手の気持ちもあるが、中々現実はそう簡単には変わらない気がする。

Tuesday, 10 May 2022

酒紳四戒の聖地

吉田類の追っかけをやっている訳ではないが、番組に出て来た老舗を訪れると感動するから困ったものである。

この冬から春にかけて、二つの居酒屋を訪れた。 その一つは神保町の「双六」である。地下鉄に乗ろうと歩いていると、三省堂の裏路地にちらっと看板が目に入った。「あれ、ここっていつか番組でやっていたよな!」と思って暖簾を潜った。まだ時間も早いので客も疎らだった。小さな店だったが、昭和にタイムスリップしたようなレトロさが漂った。
 
竹を割った座りにくい長椅子に座り酒を頼んだ。常連はさつま無双の熱燗とは後で知った。静かに飲んでいると「酒紳四戒」という双六憲法が目に入った。読むと他座献酬、大声歌唱、座外問答、乱酔暴論と書いてあった。要は「酒は静かに飲め!」と言う事だった。昔通った神楽坂の伊勢藤を思い出した。正に背筋を伸ばして嗜むと、ヒトに品格が伴うから不思議である。

もう一軒は八王子の「多摩一」である。16時半の開店を待って飛び込むと、既に常連さんが飲んでいた。「お亡くなりになったXX先生は・・・」と、どうやら学者仲間の声が聞こえてきた。木造の落ち着いた雰囲気と、ここも静かに飲む客層の良さを感じた。 早速この店の看板酒の「多摩一」を頼んだ。「何と旨い地酒か!」、帰り際に勘定を見て一合で450円なのにもビックリした。

飲む内に次第に込んできたが、常連はやはりこの多摩一から始めていた。帰り際にご主人に「吉田類の番組を見て来ました」と伝えると、主人は「吉田さんは番組の収録が終わると、また戻って来て飲み直していたんですよ!」と教えてくれた。余ほど気に入ったようだが、行ってみてその訳がよく分かった。

処で暫く前だが、学生時代から敬愛するSさんにそんな話をすると、「(サラリーマンを辞めて)まだそんな事やっているの?」と言われた事があった。その時は「確かにそれもそうだな」と思って神妙な気分になった。吉田類もいいが、正直ちょっと複雑な思いの今日この頃である。

Saturday, 30 April 2022

第三の性

テレビを点けると、マツコ・デラックスというオカマがよく登場する。とても気持ち悪くて見る気はしないが、世の中年女性に人気があるという。昔気質からすると、「男か女なのか、どっちなんだ?」と言いたくなるが、どっちでもない処がいいらしい。

思えばオカマの芸能人は、昔はピーターや美輪明宏位だったが、今ではIKKOやはるな愛など随分数が増えている。これも社会の風潮なのだろうか?

暫く前だったが、代々木公園を車で通った時に、ゲイのデモに遭遇した事があった。色とりどりの衣装に身を包んだ一行だったが、それは凄い数だった。ゲイも集団になると脅威である。

先日も電車の車内で、スカートを履いて女装した男を見た。昔なら公安に引っ張って行かれる処だが、誰も気に掛ける様子もない。最近友人の会社で、「自分は女だから女子トイレを使わせろ」と言い出す男性社員がいた。結局会社は障害者用の大きなトイレの利用を提供する事で折り合ったらしいが、今では性別を語るのはタブーのようだ。

昔から歌舞伎の女形や、タカラジェンヌ演じる男装もある。考えて見れば同じ演出だが、勿論全く別物である。品もあるし非日常的で芸術の世界だからだろうか。 

LGBTは社会で市民権を得た。ただ正直、男でも女でもない第三の性は、アナログ時代に育った者にとってはちょっと抵抗感がある。また一つ、時代ギャップを感じる今日この頃である。

Wednesday, 27 April 2022

プーチンを支えるロシア語

まだまだ続くプーチンの狂気、今週はオデッサを爆撃して次はモルドバに攻め込むという。彼の頭の中がどうなっているのか?凡そ理解も出来る人はいない。

ただ精一杯想像力を働かせると、いくつかの点が見えて来る。例えば彼はよく「ネオナチとの闘い」という言葉を使う。今時ナチもあったものではないと思ってしまうが、それは嘗てのソ連が味わった苦い経験と関係している気がする。

第二次大戦が始まった時、ドイツはソ連の衛星国に侵攻した。例えばバルト三国では、今までソ連に忠実だったバルトの人が、ドイツ軍を解放者だと思ってドイツ側に付いた。以前ラトビアのリガの博物館に行った時、その様子を描いた絵画を見て分かった。人々はドイツ軍に入り、昨日までの君主に銃を向けたのであった。

ところが戦争が終わってドイツが敗れると、またソ連が戻って来た。当然ドイツ側に立って戦った人々は粛清され多くの命が失われた。プーチンがネオナチと呼んでいるのは、この西側シンパである。

もう一つは点在するロシア人の存在である。例えばエストニアの場合、今でも人口130万人の内40万人はロシア語を母国語にしている。ラトビアはもっと多く、180万人の内70万人近い人がロシア語で話している。彼らはソ連が崩壊した後、ソ連(ロシア)に帰るに帰れなかった人達である。

残された人たちはある日突然、ロシア語から現地語が義務付けられた。それによって就業の機会を無くし、多くの人が無国籍者としてパスポートを取り上げられた。思えばあれから33年、あの時生まれた人が社会の中核になっている。そんな梯子を外された親の時代を恨むのは当然であろう。ウクライナ東部の親ロシア派という人達も、多分こういった変遷を経てた人だと思う。

旧ソ連圏に残るロシア人の不満が、プーチンを支えている。

Monday, 18 April 2022

アスクレピオスの杖

岡山県で、全長2mのヘビが行方不明になったという。取るに足らない話だが、あんな気色悪い生き物をペットにする人の気が知れない。時々山道を歩いていると小さなヘビに出くわすが、思わずゾッとするのは私だけではないだろう。

そんな嫌われ者のヘビだが、実は善玉のようだ。世界保健機構(WHO)のロゴにこの蛇マークが入っているので、前から気になっていた。

由来はギリシャ神話に出て来るアスクレピオスという「治療の神」から来ているようだ。彼が持つ杖にはその蛇が絡んでいる。「毒をもって毒を制す」の意味もあるようで、実はヘビは人間の味方だったのである。 

インド人もヘビを神格化している。フレデリック・フォーサイスの短編「アイルランドにヘビはいない」は、ヘビを使った復讐劇である。

アイルランドに住むインド人学生は、ある時現場の主人に嫌がらせを受けた。その仕返しにインドからヘビを持ち帰り、主人のポケットに忍び込ませた。(アイルランドにはヘビは生息しないから)主人は、始めそれをトカゲと思って侮っている内に、噛まれた毒が廻り死んでしまう。インド人にとってヘビは神が遣わした「死の使い」だった。

Friday, 15 April 2022

踝ファッション

久しぶりに町に出ると、若い人の服装の変化が気になる。まず女性であるが、ハイヒールを履いている人は稀で、殆どがスニーカーで歩いている。歩き易いのかも知れないが、スカートと全くマッチしていない。そのスカートもアラブの装束のように、だらっとしていてだらしなく映る。 

シャツの裾が外に出ている着こなしも、殆ど理解出来ない。出始めた頃、それがファッションだと知らず、会社の人に注意して恥ずかしい思いをした。おまけに昨今のコロナ禍でマスクが常態化しているから、化粧すらしていない。こうなってはもう世も末である。

男も変ってきた。今時のスーツは身体にピッタリとしている。初めは「こいつ、サイズを間違えているんじゃない?」と思った。またズボンの丈が短く、踝が出ている輩も多い。とても見られたものではないし、第一汚らしい。

ハンドバックや手提げかばんも、リュックサックに代わってきた。スーツにリュックサックのいで立ちを見ると、戦後の買い出し姿を思い出してしまう。両手が空いて機能的なのは分かるが、それにしても大人がランドセルを背負っているようで極めてダサい。たまにバックを持った男もいるが、そのバックも買い物籠の紐を長くしたようで弱々しく見える。

デフレが長期化して元気が出ないせいなのか、将又男女均等の影響なのか分からないが、このうらぶれた風潮は嘆かわしい限りである。それにしても昔は華やかだった。男はもっと男っぽく、女ももっと女ぽかった。こんな文化だから、結婚する気が起きないのも尤もだと思う。

Saturday, 9 April 2022

オペラ座の怪人の続編

「世界!ニッポン行きたい人応援団」というTV番組がある。ネットで調べながら、独自に日本文化を学ぶ外国人の多さにいつも驚いている。盆栽、空手、ラーメン、アニメ、お好み焼き等々、初めて日本に来る外国人の感動も去る事ながら、逆に知られざる日本を教えてもらっている。 

見ていて微笑ましいのは、招待された外国人のその後である。先日も椎茸栽培で招待されたアメリカ人が再登場していた。事業の拡大に成功し師匠に報告していた。こうした姿を見るにつけ、正に呼んだ甲斐があったというものだ。またそんなその後の人生を知ると、そのアメリカ人がより身近になってきた。

フレデリック・フォーサイスの「マンハッタンの怪人(The Phantom of Manhattan)」は、「オペラ座の怪人」の後編である。オペラ座で姿を消した怪人はその後どうなったのか?彼の人生はまだまだ続いた。

物語は怪人がサーカス団の見世物として鎖に繋がれている処から始まる。その彼を善良な夫人が解放してアメリカに逃すのであった。アメリカに渡った怪人は無一文から大金持ちになって復讐を決意した。それはマンハッタンに世界一のオペラ座を作り、パリから嘗て心を寄せたオペラ歌手を呼ぶのであった。彼女は一人っ子を伴って渡米するのだが、実はその子が怪人の子供で、彼を取り戻すのに成功するのであった。 

その仕掛けといい、発想の大きさといい正に一級作品であった。面白かったのは、無一文だった怪人がどうやってカネを作ったかである。まず彼はNYのコニーアイランドで郵便局がない事を発見し、前納済のスタンプを押した絵葉書を客に売って元手を作った。更に余興のボクシング試合で、対戦相手の水を鎮痛剤が入ったボトルとすり替えて賭けに勝った。

そのミュージカル「オペラ座の怪人」だが、昔NYで観た事があった。ところが時差で睡魔が襲い、何度も居眠りして最後は絶えられず途中で退散してしまった苦い経験がある。これを機会に、こちらの方ももう一度観てみたくなった。