Thursday 26 January 2017

アイヒマンを追え!

今上映されている「アイヒマンを追え!」を観に行った。アイヒマンはナチス時代に、多くのユダヤ人を収容所に送った戦犯である。アルゼンチンに逃亡し潜伏していたが、戦後15年目で遂に捕まった。映画にはなかったが、花束を買った日が妻の誕生日に繋がり、命取りになったようだ。

映画で追いかけるのはドイツのバウアー検事長である。彼はユダヤ人だったので、その柵がなかったからこそ出来たのかも知れない。大物が捕まればその火の粉が飛んでくる人は多いだろう。戦後の社会が、自然と尻込みしてしまうのも分かる気がした。

面白かったのは、普段お目にかからないモサドが出て来たことだった。イスラエルの砂漠の中に本部があった。「大きな組織ではないので、確たる証拠がなければヒトは割けない・・・」という件は、とてもリアルだった。出来れば逮捕後の尋問とか、ドイツからアルゼンチンまでの逃避行を混ぜると、もっと良かった。

Wednesday 25 January 2017

全豪オープンの4回戦

今年もKEIこと、錦織圭の戦いが始まった。彼は今27歳、まだグランドスラムを取っていないので、旬の今年は大事な年である。ただその初戦、全豪オープンは残念ながら4回戦でフェデラーに惜敗してしまった。最初のセットで5-2とリードしていながら、追い付かれて流れを取られたのが良くなかった。得意のバックのダウンザラインも、相手の深い逆クロスで余り打たせて貰えなかったのが大きかった。ファイナルセットでメディカルタイムを取った時には、もうこれまでかと思った。

そのKEIだが、毎日見ていると知らぬ間に感化される。周りのテニス仲間だけでも、今年は10人程メルボルンに応援に行っている。自身のプレーでも、例えばゲームカウントの0-40と追い込まれると、昔だったら諦めていたが、毎日見ている内に慌てなくても挽回出来る気になって来た。勿論それには相応しい練習が要るが、何よりそのオーラが乗り移ってきた。

ところでその4回戦の日曜日、翌日の仕事で夕方から大阪に入った。ホテルのテレビで一人観戦していると、ふとネクタイもワイシャツも持ってきてないことに気が付いた。朝からテニスのことばかり気になっていて忘れてしまった。

Tuesday 24 January 2017

ハルヤード作戦

太平洋戦争の次は、ヨーロッパ戦線のベストセラーであるグレゴリー・フリーマン著「忘れられた500人(原題:The Forgotten 500)」を読み始めた。連合軍はノルマンジー上陸後、ルーマニアの石油精製所であるプロスティ(Plostie)に連日爆撃を加えた。プロスティの石油は、当時ルーマニアの輸出の40%を占めていたというから重要拠点であった。物語はそこに落下した空軍将兵を救出する話である。

舞台になった場所は、たまたま昨年にレンタカーで通ったので懐かしかった。ルーマニアの首都ブカレストの北西に位置し、ドラキュラで有名なブラショウから山を下りて来た平地にある。高速道路から見た感じでは何もない風景で、この小説が無ければ単なる工場地帯の印象で終わるところだった。

作戦名はハルヤード(Halyard)作戦と呼ばれた。救助したのは、映画「ナバロンの嵐(原題:Force 10 From Navarone)」でも出て来たユーゴスラビアの反独の組織チェトニック(Chetnicks)であった。主人公の一人が、ゲッペルス夫人と同じ飛行機になったことが幸いし、脱出に成功するスリル感もある。ただ全体的にドキュメンタリーの色彩が強いので、読んでいると飽きが来る。

Thursday 19 January 2017

父親の戦争体験

その「Killing The Rising Sun」の著者は、後書きの中で彼の父親に触れていた。彼の父はアイルランド出身の家系に生まれた水兵だった。太平洋戦争で生き残り、終戦後にNYで結婚し今の著者が生まれた。著者は、「もしもあの時原爆を使わずに本土決戦になっていたら、父を含む多くの米兵が命を落とし、そして今の自分もなかっただろう・・・」と回顧している。

後書きには、元大統領のカーター氏やブッシュ親子の寄せ書きも載っている。内容はいずれも、原爆投下が終戦を早めたという賛美だった。あまりこの議論を深めることはタブーであるが、広島と長崎がなかったらどうなっていたのだろう?そう思うと怖くなるし、同時にやり切れない気持ちにもなる。

日本でも父の戦争体験を綴った本は多く、最近では岩波新書の「生きて帰ってきた男」は切なかった。著者は慶応大の小熊英二教授である。立派な息子だからこそ、戦争に蹂躙された惨めな父を蘇らせられたのかも知れない。そうかと思うと反対の事もある。今週号の週刊新潮では、硫黄島の栗林中将のお孫さんのゴシップが出ていた。戦争は終われど、まだまだ戦いは続いている・・・そんな感じがするのである。

Tuesday 17 January 2017

トルーマンのピアノ

昨年はオバマ大統領が広島を訪問した。その関係だろうか、今アメリカでベストセラーになっているBill O`Reilly著「日本をやっつけろ(原題:Killing The Rising Sun)」を取り寄せて読んでいる。内容は4年間の太平洋戦争をアメリカの立場から綴っている。独創性は余りなく、南京虐殺が30万人にはガッカリした。それでも知らなかったことも多かった。

それはネーミングである。原爆の実験はマンハッタン計画と言ったが、ニューメキシコの実験場はトリニティー(Trinity)だった。キリストの三位一体を指すトリニティーが、どうして原爆になったのだろうか?また広島に原爆を落としたB29はエノラ・ゲイ(Enola Gay)という名前だった。何とその名前は乗っていたパイロットの母親の名前だったようでこれも驚きだった。またこれは命名とは関係ないが、日本のイ号58潜水艦の橋本艦長に多くのページを割いていた。イ号58は人間魚雷「回天」を掲載した大型潜水艦であるが、戦争末期に太平洋で孤軍奮闘してたようだった。先日同じ大型潜水艦空母「伊402」が長崎沖で発見されたニュースもあったが、沈黙の世界にはいつも引付られる。

その他、後の大統領になったトルーマン(Harry Truman)のピアノの話があった。時あたかも硫黄島の上陸が始まろうとしていた1945年2月、プレスクラブで彼は当時副大統領だったが、女優のローレン・バコール(Lauren Bacall)をピアノに乗せ得意の曲を奏でていた。その雰囲気はHirohitoやSeppukuなどと平易に対比され、読んでいて何か不憫な気持ちになってくる。

Saturday 14 January 2017

ペリゴール地方の洞窟

上野で開かれているラスコー(Lascaux)展に行ってみた。現物を上手く紹介していて面白かった。20年ほど前だったか、ペリゴール地方のラスコー洞窟を訪れたので懐かしかった。ただこちらもLascaux IIと云って、本物の隣に作った観光客向けの復元館だったが・・・。

ペリゴール地方はフランス南部の山に囲まれた地域である。曲がりくねったドロドーニュ川に沿って、切り立った崖と小さな村が続く風景は本当に美しい。ラスコーだけでなく、近くにはいくつもの洞窟があって実際に中に入れる。本物の石器時代の壁画があるペッシェ・メール(Pech Merle)や、地下水を小舟で旅するパディラック(Padirac)など見所沢山である。ラスコーもそうだが、目立った看板もなく、中に入ってそのスケールに驚く地味な名所である。

この地方の一番のスポットは、何と言ってもロカマデュール(Rocamadour)の村である。勿論ミシュランガイドの三ツ星で、150mの高台に建つ中世のキリスト教会や岩にへばり付いた住居は圧巻だ。しばしタイムスリップした気分になる。地元のカオール(Cahors)ワインと名物のフォアグラも最高だ。それにしても2万年も前からこんな処に人が住んでいたかと思うと、中世なんて昨日のようだ。

Wednesday 11 January 2017

528Hzの怪

何だか分からないが、ジョン・レノンに影響され、朝から晩まで528Hzの音楽を聞いている。やはりクラシックがいい。Youtubeに沢山入っているから無料で聴ける。胎児や植物にいい音楽を聴かせると成長を促す、とは聞いてはいたが正にそれに近いものがある。その癒しは、行き交う人々がまるで映画のシーンの一コマに見えて来る。

先の書籍「Note of 528」には、528Hzには人の壊れたDNAを蘇生する力があるという。実験でもそのHzで水に波紋が生まれたという。人間の80%は水で出来ているから強ち無関係ではない気もする。その内、悪い440Hzも実験しようと思っているけど・・・。

これも受け織だが、NHK第1の周波数は594、第2は693、ニッポン放送は1242、文化放送は1134、TBSラジオは954である。その数字を足すと何故かどれも18の数字になる。18は6の倍数で、先の528も6に帰結(5+2+8=15→1+5=6)するらしい。偶然と不思議で、Hzの謎は深まるばかりである。

Tuesday 10 January 2017

ジョン・レノンの旋律

テロの流血、移民と排斥、内戦と大国の介入・・・そんな衝突の映像が流される度に、バックに流れる音楽がある。それは、ジョン・レノンのイマジン(Imagine)である。退廃的で気怠いメロディーは、不思議と人々の心を和ませてくれる。そのジョン・レノンが殺されてから36年が経つが、未だに彼のメロディーが人々の琴線を揺らしている。

ジョン・レノンは1970年後半だったか、オノ・ヨーコと帰国し軽井沢の万平ホテルに泊まっていた時があった。偶然同じホテルで一週間の夏休みを過ごしたので一緒した。その時は雲の上のスターだったが、彼の暗殺に至るまでの奇跡を綿密に描いた、「ジョン・レノンを殺したのは誰か(原題:The Murder of John Lennon)」を読んでいると、ちょうど彼が麻薬所持で追われ休業に入る直前と分かった。アメリカに農場を4つと牛250頭、アイルランドとフロリダ、そしてNYのダコタハウスに不動産を持つ裕福な生活とは裏腹に、とても疲れ切っていたという。

「ジョン・レノンを殺した狂気の旋律A=440Hz(原題:The Book of 528)」と重ね読みすると、その死の背後には大きな力を感じる。彼の歌は愛と癒しを感じる528Hzで、それが世界に蔓延すると都合が悪い輩がいるというのだが本当だろうか?それにしても、数字と音楽と古代史の関係って、まるでダヴィンチ・コードの世界である。音楽音痴には何とも分かり難い話だが、その謎解きは奥が深そうだ。

Monday 9 January 2017

ドラムと一風堂

暫く前に友人のT君が、「切符があるから行かないか?」と、タオ・ドラムの演奏会に誘ってくれた。元来、太鼓はあまり好きではなかった。以前小川町の町おこしマラソンに参加した時、地元の人が沿道でドンドンやっていた。走る呼吸と合わず調子が狂ってしまった。また先日はゴルフ場でパットをしようと思ったら、近くの学校から運動会の太鼓が聞こえてきた。これも呼吸が乱され集中できなかった。

ただ今回のショーは中々良かった。外人受けする衣装とパーフォーマンスは、最後まで飽きないで楽しめた。何より、会場の東急文化会館を埋め尽くした若い女性の熱狂には驚いた。まるで親衛隊で、遠くから遥々応援に来ているのが分かった。

一体どんな人達がやっているのか?興味を持ったので調べてみると、何にやら九州の生まれで、ラーメンの一風堂も事業展開していた。その一風堂もマザースに上場した。たかがラーメン、去れどラーメン、それ一筋で200億円の売り上げは大したものである。上場記念に改めてその豚骨ラーメンを食べてみたが、細麺にデリケートな味のスープで中々旨かった。知らない処で頑張っている若い人達がいるものだ。

Saturday 7 January 2017

バイロン・ウィンの2017年予想

年初恒例になっているヴァイロン・ウィンの2017年予想(Byron Wien Announces 10 Surprises for 2017)が発表された。エコノミストや投資家の誰もが一番気にしているお告げだから、一応見ている。

今年の予想は、政治ではトランプへの期待の反動が出るが、経済はいいようだ。米国株のS&P500も10%上昇するし、その結果ドル高、円安が続き、円は130円台になるという。米国金利も上昇が続き今の2%台から4%に、日本も2%成長が達成されると言う。

何だこれならビックリでもなく、今センチメントとあまり変わらないじゃない?というのが正直な実感だ。事実、一昔前は良く当たったが、歳のせいか最近は陰りが見えて来た感がある。いい例が先の大統領選挙で、ヒラリーの当選予想は見事に外れた。原油価格も低迷しなかったし、当たったのは半分の5割だった。それが分かっていても、ついつい気になってしまう彼である。そうか!もう暫く株が堅調なら少し買ってみようか・・・。

Thursday 5 January 2017

肩車

先日、とある人がいい話を聞かせてくれた。それはある家族が、母子家庭の子供を一日預かった話であった。子供は5歳の女の子で、お母さんと二人暮らしであった。預かった家のお父さんが、その子を終日公園に連れて行き、肩車をしたりおやつを買ってあげたり遊んだ。普段は父親がいないこともあり、その子はとても喜んだという。

その子の気持ちが伝わってくるようで、とても温かな気持ちになった。お母さんはバイトに出ているらしいが、10万円にも満たない生活費で何とか生活しているという。子供の貧困ってあまり現実味がなかったが、とても身に詰まされる思いで聞いていた。

ヒトが生きて行くのは本当に大変な事だ。夫婦でも大変なのに、況や女一人なら尚更である。何より残された子供が可哀想である。会ったこともないそのこの子の事が、ずっと心に残った日になった。

Monday 2 January 2017

ビル・ゲイツの別荘

軽井沢に住むNさんが、「軽井沢にビル・ゲイツの別荘が建つらしいよ!」と話してくれた。あの大金持ちのビル・ゲイツが、6000坪の敷地にプール付きの別荘を開発しているという。噂では万が一の時のシェルターまで備わっているという。因みに6000坪と言うけれど、普通は300坪(約1000㎡弱)だから、とてつもない規模である。

早速そろばんを弾いてみると、坪単価は約10万円だから土地が6億円で、上物を含め80億円という試算もあった。元々7兆円の資産の人だから大した投資ではないかも知れない。ただ日本はアメリカと違い、狭い土地に肩を寄り添うように住んでいる。伐採される木々、そこの生息している雉、猿、鹿、モグラはどうなってしまうのだろう?何より森が無くなると降った雨が吸収されないので濁流となって、低地の家屋に襲い掛かる。

そもそも軽井沢にプールは無縁である。どんなに暑い夏でも、森はひんやりして湿気もあるからむしろ寒い・・・作っても、きっと一度も使う事はないだろう。そして騒音、敷地にはヘリポートがあるという。周辺の住民は、折角都会の喧騒を逃れて来たのに、ヘリの発着音で悩まされる。こういうことがあると、「世界の1%の人が富の50%を支配する」弊害が身近になってくる。誰もがマイクロソフトのパソコンを使っているから、余計その反目が心配される。

Sunday 1 January 2017

ダンロップのラケット

年の初め、今年こそは優勝と、テニスラケットを7年振りに新調した。時は代われど、ラケットはいつもウィルソンである。今のモデルは錦織選手も使っているBurnである。そして張るガットは何と言ってもバボラ(Babolat)である。バボラは、今ではラケットの人気ナンバーワンになったが、元はガットの専門店だった。新しいラケットとガットで打つボールは音が違う。勿論球筋も異次元だが、その感触が何とも言えない。

ところでラケットの老舗と云えば、昔はダンロップ(Dunlop)であった。あのマッケンローや古くはロッド・レイバーが愛用していた。日本のフタバヤのウィニングショットが角ばっていたのに対し、支える部分が丸くて持ち易かった。当時は中々高くて手が届かなかったが、ある時バイトしてやっと買えた記憶がある。

そのダンロップだが、今では普段使うボールの代名詞になっている。ブリジストンなと使うものならひんしゅくである。たた気が付かなったが、もはや其の名のラケットは売っていない。聞くとスリクソン(Srixon)になっているという。どうやら住友ゴムがダンロップを買収した際に、日本国外ではダンロップ名の商標が使えない契約だったようだ。そこでトヨタのレクサスみたいに、ブランドをスリクソンにしたようだ。スリクソンはゴルフのボールメーカーだと思っていたが、実はダンロップだった。ひょんなことで、スポーツ用品の最新事情を知った