Tuesday 31 March 2020

ノーフォークの病院船

NYのコロナ感染者が6万人になり、市内には遺体安置所のテントが設置されるなど、事態が深刻化している。その収容施設の不足を補うために、大型の病院船がNYに向かう事になった。写真を見ていたら、「あれ、これってノーフォークで見たぞ!」と気が付いた。それは昨年、世界最大の軍港であるノーフォーク(Norfolk)を訪れた時だった。湾内を巡回する特別バスに乗り、停泊している空母や軍用艦、あのオスプレーなどを見て廻ったが、その中に今回の巨大な病院船もあった。船には1000床のベットがあるらしい。

ノーフォークのあるヴァージニア州は、正にアメリカ誕生の要で、今でも独立の面影が残っていて面白い旅になった。かつても英国の植民地だったウィリアムズバークやヨークタウン、南北戦争の激戦地ゲティスバーク、海軍兵学校のアナポリス、著名人が眠るアーリントン墓地など、素人にもアメリカの形が伝わって来た。特に首都ワシントンDCのホワイトハウス、スミソニアン博物館、FRB,世銀、IMFなどの建物を見るにつけ、改めて「世界を支配してのはアメリカ!」を感じた。

ノーフォークの軍港に入るには、観光客用の特別バスに乗り換えなくてはならない。そんな事とは知らずに、最初は一般口から車で入ろうとした。MPに駄目だと言われたので、構内でUターンしようとすると待ったが掛かった。MP2人からパスポートを取り上げられ、前後で銃を構えられた時には一瞬どうなるかと怖かった。ノーフォークに続く道は、洋上の道路か海底トンネルしかなく、正に要塞化した港であった。NATOの本部もここにあるし、その壮大さにも驚いた。これを見ると、日本の国防なんて「所詮は駒の一つに過ぎない」事がよく分かる。

Sunday 29 March 2020

ベルガモの町

コロナで在宅勤務が続いているから、会社を訪れてもガランとしている。必要最低限に人が出勤して、挨拶を済ませると別室に引き揚げてしまう。後は部屋を隔てて電話でやり取りする、何とも不自然な光景である。会社に行く時も、用心深い人は電車を避けてレンタル自転車を使う。アルコール消毒もたっぷり液を付け、乾かせずに30秒手を擦るのがコツらしい。東京でもこれ以上感染が広まれば、アメリカやヨーロッパのようにロックアウトの事態になる。何とか食い止めて欲しいが・・・。

ところで、イタリアでは感染者が8万人を超え、死者も1万人に達しようとしている。世界の死者が3万人だから、1/3を占めるのはやはり異常である。中でも北のロンバルディア州に集中していると言う。中国系との関りが多かったらしいが、イタリアの中国人は30万人、日本の60万人と比べると左程多くないのにどうしてなのかと思う。10年程前にその中心地ミラノに行った事があった。モダンなブティック店の尻目に、路上にはパリやロンドンでは見られない乞食が居た。終日祈りを捧げるような膝をついて物乞いする姿は、ロマの職業とは言え直視出来なかった。またドォーモの広場には、沢山のアフリカ人が土産物を売っていた。こうした人々を抱える町の事情も、感染と関係しているのかも知れない。

ミラノにLCCで行くと、50Km程離れたベルガモ(Bergamo)空港に降ろされる。そこから電車に移動するのだが、今回そのベルガモがイタリア最大の感染地と云う。ミシュラン2つ星の観光地で、駅から続く道の先には、ローマ時代の城壁に囲まれた町が聳えている。ケーブルカーで登り、ピザを食べながら狭い石畳を歩くと中世にタイムスリップした気分になる。帰り際、パブ仲間に頼まれたサラミを買って帰った。サラミは当地の名産物で味が濃い。その町が、大変な事になっている。

Thursday 26 March 2020

酒場放浪記

吉田類の酒場放浪記は、昔から好きな番組の一つである。初めての居酒屋に入り、酒を注文するだけだが、不思議と哀愁に誘われ自分も同席しているような気分になる。やはり酒場詩人ならではの為せる技である。

暫く前に高尾に墓参りに行った帰り、駅近くの寿司屋に寄った。カウンターで飲んでいると、その吉田さんの色紙が目に留まった。主人に、「ここにも取材があったの?」と聞くと、「いや、プラーベートで来られた時の物です」と言う。どうやら近くの高尾山に登った帰りに、山仲間と立ち寄ったらしい。普段のイメージから想像出来ないが、意外にも運動家だった。その寿司屋でも彼はよく飲んだらしく、主人が「あの人は強いわ!」と感心していた。確かに番組が17年も続いている事を思うと、酒が本当に好きなようだ。

その酒場放浪記だが、何年か前に恵比寿の「ふくみ」という店が登場した。いつか行ってみたいと思っていたが、近くて遠い恵比寿は中々途中下車する機会に恵まれなかった。ところが最近、そのチャンスが巡ってきて、遂に暖簾をくぐる日がやって来た。店は地下一階にあり、愛想のいいおばさんに挨拶代わりにその旨を伝えると、「今座っている席に吉田さんも座っていたのよ!」と教えてくれた。酒の種類はとても豊富で、見た事のない銘柄に番組が選んだ理由も頷けた。その日は結局、岩手のタクシードライーバー、兵庫の奥播磨、そして三重の作を一合づつ頼んだ。特に最後の三重の酒は旨かった。横で飲んでいた男も、気になったのか2杯目はそれを頼んでいた。細やかだが、こういう時間が何とも嬉しい。

Monday 23 March 2020

コロナと文化大革命

毎日聞かされるコロナウィルスのニュースには、段々鈍感になってきた。イタリアの死者が中国を上回り5千人近くになってきたとか、アメリカが入国制限を掛けたとか、もう何が起きても驚かない。ただ、武漢では感染者が一人も出なくなったとか、中国では収束が始まっているとか聞くと、流石に本当かな?と思ってしまう。特に昨日は香港紙が、「中国政府が、感染者でも無症状の陽性者43,000人をカウントしていなかった!」と暴露すると、「やっぱり中国はね・・・?」と色々な事が蘇る。

思い出すのは、あの文化大革命である。近代化を急いだ中国共産党は、火力の発電事業に注力した。具体的には、大量の資源と地方農民を発電所に送り込んだ。その結果、農業生産はガタ落ちして全国で飢饉が起き、一説には40百万人が餓死したと言われている。今回も、統計上は感染者がゼロになっているかも知れないが、知らない処で別の病名にすり替えられている可能性が想像を打にしない。

山崎豊子の「大地の子」でも、主人公の陸一心がその地方の発電所に送り込まれた。それは人里離れた僻地で、そこで働く人は言わば島流しにあった境遇を共にする人達だった。それを称して陸一心は、「化石のような人々」と言っていた。言われてみれば、周囲にも(化石のように)表情がない人が居たので、山崎豊子さんの表現力に感心した記憶がある。ともあれ、建前とメンツが先行するお国柄、また多くの犠牲者を生みかねない事態を心配している。

Sunday 15 March 2020

関電と助役の便宜

関電の役員が、福井県高浜町の助役から金銭を受領した。その調査結果が出て、関電役員75人が3億6千万を受け取ったという。中には金銭だけでなく、洋服の仕立券やゴールドもあった。「原子力で私腹を肥やしてケシカラン!」と人は思う。電力会社は地方の王様で、その取引額は桁違いに大きいから尚更である。関連会社も含めると地元では足を向けて寝れない会社であるし、地方の国立大学を卒業して就職すればエリートコースの定番だから妬みもある。
 
その電力会社だが、若い頃某電力を担当していた事がある。午後になると、黒塗りの社用車で小切手を取りに行くのが仕事だった。小さな小切手には億円単位の数字が並んでいたから、どんなにどぶ板をやっても集められる額ではなかった。大事な仕事の一つは部長、課長さんの接待だった。やたらに同業他社が多いので順番待ちが続き、やっと日にちが決まっても2カ月先がやっとだった。そして当日、最高級の料亭で会食を用意し、当時は麻雀に移るのが流れだった。私は麻雀が出来ないので、後ろに控えていて上がりの度に景品を差し出す役目だった。当然、お客さんは勝つようになっているから、ドンドン用意していた高価な景品を渡した。終わると玄関に黒塗りの車が待っていてお送りする。勿論そんな接待は序の口で、ゴルフや海外出張のアテンドなど際限くエスカレートして行った。そうしないと、競争に勝てない時代だった。

だから電力会社の人は、便宜を受けるのに慣れている。今回の発覚もそうだが、関電高浜は氷山の一角で、他の電力会社でも叩けば埃はドンドン出る類の話である。それが東北大震災を契機に一変してしまった。綺麗事を後から並べるのは易しいが、持ちつ持たれつの日本経済が成長して来た事を思うと、この話はこの辺で終わりにしていい気がする。

Tuesday 10 March 2020

フェデラーのYoutube

フェデラー選手は、言わずと知れた世界のテニスファンの憧れである。そのテニススタイルは、力みがないから本当に美しいし、攻撃的なプレースタイルはプロの本質を見る。人間的にも、若い時から支えているアナ夫人との間に双子2組の子供に恵まれ素晴らしい人生を送っている。何よりインタビューなどから伝わってくる人柄がいい。正にテニス界のボビー・ジョーンズ(Bobby Jones)である。

そんな彼の過去の対戦や、ナイキのコマーシャルなどのYoutubeが何とも面白いから良く探しては見ている。最近は「フェデラーへの73の質問(73 Questions with Roger Federer)https://www.youtube.com/watch?v=nd5--EqzLPY」を見付けた。録画は昨年のウィンブルドンの2日前である。聞いていると、「何故両手バックハンドにしないのか?」は「当時のエドヴァーグやサンプラス、ベッカーがシングルバックハンドだった」とか、「コーチに何て注意されるの?」は「ボールは2バウンドさせるな!」とか、「印象深いウィンブルドンは?」は「2003年の初優勝と、2009年のロディックに3回決勝で勝った事」など尤も答えばかりだが、不思議と新鮮に聞こえてくる。英語のヒアリング能力が駄目なのか?大事なショットは?フォア、スライスと応えていたが、正確にはフォアのスピンとバックのスライスではないかと思ったり、又好きなファッションのTom Fordも、馴染みがないブランドだった。

ともあれ言葉もスイス独、独、仏、英の4か国語を流暢に話すし、、明るく陽気でシャイな優しい人柄がファンを引き付ける魅力と改めて分かった。「サービスはどう打つの?」の問いに、「Up & Jump」とさり気なく言われると、そうかトスを高く上げてジャンプか?と魔法が伝わってきた。出来るだけ長くプレーを続けて欲しい。

Sunday 8 March 2020

ホテルの柿の種

本屋に行くと、「帝国ホテルのオールド・インペリアル・バーBOOK」なる本があった。帝国ホテルの2階にあるそのバーは、最近でこそご無沙汰しているが昔よく通った。そんな懐かしさからつい立ち読みしてしまったが、建築したライト氏の逸話から始まり、名物のカクテルや阿川佐和子さんも登場して華を添えていた。

Old Imperial Barは日比谷駅から歩いて行けるので、会社帰りや二次会に便利だった。静かでいつ行っても比較的空いていて、特にカンター席は一人一人の手元だけに光が差すので、お酒に集中できる雰囲気が好きだった。ただ他人との待ち合わせで先に飲んでいると、つい一人の世界に入ってしまうから危険である。ある時、後から来た人に肩を叩かれてはっと我に返った事があった。バーテンダーも礼儀正しく、さり気ない距離感を保っているから快い。聞き耳を立てられたり、監視されていると客が感じないのは、流石一流のバーである。

ビールやウィスキーを頼むと、定番の柿の種やチョコが添えられる。特にここの柿の種は美味しいので、ある時こっそりバーテンダーに「これって自家製なの?」と聞いてみた。すると「(ここだけの話ですが)それは新潟のT製菓のです・・」と教えてくれた。それから我が家でも直に取り寄せて、帝国ホテルを楽しんでいた。友人にも、「これは帝国ホテルの柿の種だよ!」と言って小分けすると喜んでくれた。ただそれも暫くして止めてしまった。やはりあそこで出て来るから美味しかったのである。

Saturday 7 March 2020

プロチダの港町

テレビを見ていたら、イタリアの港町が紹介されていた。地元の漁師達が歓談している風景から、小さな漁港のようだった。聞くとプロチダ(Procida)島だという。どこかな?と思って調べてみたら、ナポリの沖合だった。フェリーで30分というから熱海の初島みたいな感覚だろうか?カラフルな家々はイタリアの田舎が凝縮したようで、郷愁を誘われた。

ナポリの辺りは随分前に旅した。ナポリの町は泥棒も多いと聞いていたので物騒な感じがした。狭い路地を物凄いスピードで走り抜けるタクシーも怖かった。近くにポンペイ遺跡があった。2000年前の町を歩くと不思議な気分になった。噴火を起こしたベスビオス山に登った帰り道、レストランでスパゲティナポリタンを食べた。やはり本場の味は素晴らしく、ただでさえ大盛りの皿をお代わりした。泊まったのはソレントの町だった。レモンの産地らしく、街にはレモンリキュールで溢れていた。宿のホテルが海に面していて、透き通るエメラルドグリーンが美しかった。翌日はソレントから船でカプリ島に渡った。カプリはトム・クルーズの別荘や高級ブチックが並ぶ金持ちの島だった。そこから有名な「青の洞窟」に行った。洋上で乗り換えたボートで波と一緒に洞窟に入ると、写真で見ていた光景が広がった。神秘的な空間で、中で船頭がカンツォーネを歌ってくれた。

ソレントから南に行くとアマルフィー海岸が続いた。当時は宮本輝の「朝の歓び」が連載されていて、その舞台になったのがアマルフィーだった。確か中年の男が旅していると、日本から来た若い女性と出会う話だった。映画「旅愁(September Affair)」でも、舞台になったのはこの辺だった。飛行機に乗り遅れたジョゼフ・コットンが若いピアニストと知り合い恋に落ちる流れは、思えば宮本輝の小説と似ていた。この辺りで巡り合えば、誰でも簡単に恋に落ちてしまう魅力的な場所だった。

Thursday 5 March 2020

レンヌ・ル・シャトーの謎

箒木蓬生の「聖灰の暗号」から始まり、この処レンヌ・ル・シャトー(Rennes-le-Chateau)の謎に嵌っている。レンヌ・ル・シャトーは南仏の小さな村の名前である。1800年の後半に赴任してきた神父が巨額の財を築いて亡くなった事から、調べて行く内に村の歴史が浮かび上がった。「聖灰の暗号」は中世で壊滅したカタリ派の話だが、実はそこにはシオン修道院やテンプル騎士団、果てはフリーメイソンも登場し、その代表だったガリレオやニュートン、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの名前も出て来る壮大な歴史があった。

結論から言えば、キリストは神でなく人間で、その聖なる血脈を守っている集団の話である。映画のダ・ヴィンチ・コードでは、最後のソフィーと言う女性の周りに村人が集まるシーンで終わる。それがシオン修道会の末裔か分からないが、有史以来のタブーを語り継ぐ人達がいてもおかしくない。その説によると、キリストの妻はマグダラのマリアである。エジプトから渡って来たので、黒いマリア像はそれを想像させるし、今でもプロヴァンスのSaintes-Marie-de-la-Mer村には毎年ジプシーが集まってサラ(Sarah)というエジプトの聖人を祝っているので、言われてみれば名残は多い気がする。

特に面白いのは、H.リンカーン著「隠された聖地(The Holy Place)」である。著者がレンヌ・ル・シャトーの地形を調べて行く内に、近くの村や墓を繋ぐと五角形になっている事を発見した。つまり三つの頂点を繋ぐ五芒星上にそれらは点在し、更に凄いのはその延長線がパリの子午線に沿って集約している事だった。ダインチコードでも子午線跡は紹介されていたのを思い出した。またR.ハウエルズ著「レンヌ・ル・シャトーの真実(Inside the Prority of Sion)」は、その土地がテンプル騎士団による新エルサレムの建設予定地だった、という結論を導いている。ここまで来ると、何が何だか分からなくなって来るが、誰が一体何の為に?いう問いには答えているようで、納得した件だった。教会信者でもない者にはキリストの興味は浅いが、もう少し足を踏み込んでみようと思っている。

Tuesday 3 March 2020

SUDOKUの世界

コロナウイルスの感染予防から、なるべく外出は控えている。そんな中、新聞に数独(SUDOKU)があるのを見付けて、暇つぶしにやり始めた。

縦横1~9の数字を埋めて完成する単純なゲームだが、不思議にと嵌ってしまう。最後のマスが埋まった時の達成感が何とも言えず、もう一問に手が付いてしまう。あと一歩の処で辻褄が合わなくなるとガッカリするが、気を取り戻して消しゴムで消しまた最初からやり直す。こうなれば意地で、出来るまで終われない気分になる。まだまだ初級の域だが、大体3回ぐらい繰り返すと何とか完成する処まできた。一度気を抜くとそれが命取りになるので、最近では中盤以降に集中力を切らさないように心掛けている。

ただ中級になると急に難しくなる。与えられる予見の数字も少なし、単純な攻略法では歯が立たない。何やらシンプルカラーとか二国同盟など、テクニカルの解説もあるが、昔に数学に弱かった頃を思い出して頭が痛くなる。