Thursday 8 October 2020

松本重治氏の上海時代

隣の国なのに実は殆ど知らない中国の歴史、知ろうと言う気にも成らなかったのが正直な気持ちである。防衛大学学長の国分良成さんがその著書「中華人民共和国」の中で、「70年代に中国の本を読んでいると、誰か来るとつい本を伏せてしまった!」と正直に語っていたように、昔はマイナーな世界だった。自身も大学の教養課程で、第三外国語で中国語を選択した事があった。ただこの事は会社に入ると絶対公言しなかった。中国を齧った事が分かると、その予備員になってしまう事を警戒した。ただ最近はそんな心配も無くなったし、宮脇淳子さんの本を通じて少し興味が湧いて来た。

 

と言う事で、松本重治著「上海時代」を取り出し読み直してみた。中公新書で上中下の三冊に渡る大作である。若い頃途中で挫折したが、今回は頑張って最後まで行った。著書は1932年~1938年の6年に渡る駐在経験を綴った特派員メモである。時恰も満州事変から日中戦争に掛けての動乱期だから、歴史の裏側が語られる事を期待した。ただ読んでみると、特派員の世界で誰と会って何を聞いたという件が大半で、膨大さに圧倒されても意外性は少なかった。中国の地名人名を読めない事も一因だ。恥ずかしながら、例えば蒋介石は読めるが汪兆銘を何と発音するのか分からないし、長春は何処にあるか何となく分かるが、天津や華北と言われてもピンと来ない。それでも時折入るよもやま話は面白く、例えば上海倶楽部を訪れた樺山愛輔氏が流暢な英語で欧米の倶楽部会員から優遇扱いされたとか、日本領事館で出世の遅れた館員が失踪した際、中国人に嫌疑を掛けた領事のミスがあったなど、小話中心の方が今風には受けたと思えた。

 

その上海倶楽部に入会を認められた日本人は、松本さんが二人目だったという。欧米知識人との交流の場所で、何度か需要な面談の場所として登場した。日比谷の外国人特派員クラブも同じ趣旨の倶楽部である。何度か会員の人に呼ばれてご馳走になったが、交流というより今ではサラリーマンのステータスシンボルで、知人を連れ来てビックリさせる場所になっているのは残念だ。また松本さんは戦後、六本木の鳥居坂にある国際文化会館の館長を務めた。70年代に何回か集まりで使ったが、担任のT先生が「ここの階段は音が出ないように、館長の意向で金具は使っていない」と語っていたのを思い出した。ともあれ日中戦争がどうして起きたのか?当時の雰囲気は伝わってきた一冊だった。

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