Saturday 10 April 2021

レジリエンスとG.オーウェル

町を歩くと、レジリエンス住宅という広告を見かける。聞き慣れない言葉だが、災害や停電が起きた場合に、貯えた電池で急場を凌げる住家らしい。調べてみると語源のレジリエンス(Resilience)は変化に対応する能力という。ストレスやネガティブな環境から自助で回復する人間の再生能力を意味するらしい。確かにヒトは戦争や災害で家族や家を失ったり、入学試験に落ちたり夫婦の別離があっても、時間と共にそれを乗り越えて行く力を持っている。学者が発見し機微を頭のいい人が借用した今の新語に、時代の風を感じたのであった。

新語の発するインパクトは大きい。たまたま読み返していたジョージ・オーウェルの未来小説「1984」にも、当時の時宜を得た言葉が多く出ていた。書かれたのは1948年だから半世紀以上も前である。それが色褪せないから氏の凄い先見性を感心するが、その言葉の一つが犯罪中止(Crime Stop)である。懐疑的な態度を誘発する思いを、身に付けた精神的規律で事前に圧殺する思考である。つまり自制であるが、例えば今風に言えば会社のやり方が間違っていると思っても、社員はそれを批判すると自己の立場が悪くなるので躊躇してしまうのに似ている。ただ我慢すればどこかに不満が溜まってしまい、いつかそれを爆発させたくなるものだ。それを彼は2分間憎悪(Two minutes hate)と名付けた。つまり2分間は許された本音の時間であってそれが過ぎてはならないという制約である。今もサッカー場で一時観客が憂さを発散し盛り上がるのはそのいい例である。また有名な二重思考(Doublethink)もあった。相反する二つに意見を矛盾するとは知りって受け入れる思考である。文中でも2+2≠5を例に使っていたが、正しくない事と分かっていてもダブルスタンダードを受け入れるのがヒトの心である。上司の言葉は誰も逆らえないから内部消化するのである。 

 オーウェル的に考えれば、レジリエンスがある限りヒトはいつか再生して元通りの精神状態に戻ってしまう。だから仮に買った住宅が思うような省エネ効果が出ず元が取れなくても、最初は裏切られた気分になるかも知れないが、次第に当初の期待を忘れるのである。これは恐ろしい事で、その原理を知る者にとってはとても都合のいい仕組みになる。

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