Wednesday, 8 February 2023

クロコダイルダンディー

 先日、オーストラリアのパースで少女がサメに喰われたニュースがあった。その事を地元の人と話すと、「だから海では泳がないんだ!」と言われた。確かにゴールドコーストでも、ブリスベン市内の内海のビーチでも泳いでいる人を見た事がない。精々膝辺りまで浸っている程度である。

サメだけでなく、オーストラリアは野生動物の宝庫である。有名なコアラは流石に保護されているが、カンガルーは人間と共存している。ゴルフ場に行くと、家族毎に大きな木の下で涼んで暮らしいるカンガルーに出会う。なるべくボールが当たらないように気を付けている。ゴルファーが近づくと親が立って警戒するにがいじらしい。

ビックリするのはウォータードラゴンと称するカメレオンみたいな爬虫類である。突然保護色で現れるとビックリするが、結構人懐っこく逃げる事はない。クラブのが人に話すと「ああジミーね」とペット化している。

鳥に至っては物凄い種類で到底名前を覚える気にもなれない。ただ白オームの群れは圧巻である。ギャーギャーと煩く100羽近くで群れを成していて、近づいても逃げない。

オーストラリアの人は床に落ちても構わず拾って食べるし、キッチンに蟻が歩いていたりハエが飛んでいても気にする事はない。裏庭に蛇が出ても驚かない。

昔クロコダイルダンディーと言う映画があった。自然と共存しているオーストラリア男が都会に出てきて珍事を繰り広げるドラマであった。今でも広大な大地の一角で、皆んなクロコダイルダンディーをやっている気がする。

Monday, 6 February 2023

ラーメンの値段

 先日TVを観ていたら、NYでラーメン一杯が3000円すると言っていた。本当かと思っていたら、久オーストラリアに来てその訳が良く分かった。

そのラーメンだが、中国人が作る現地ヌードルでも1500円はする。レストランで食べるスパゲッティやハンバーグは1800円と信じられない価格である。

3年間に来た時は、テイクアウトの中華が400円程だった。それから比べると3倍以上値上がりしている事になる。日本の旅行者にとっては誠に厳しいの一語に尽きる。

ただ一方でそう変わらない物もある。それはゴルフ料である。何処でも大体30〜40ドルは昔のままだから、平均すると3年前だったら2500円、今でも3500円と充分許せる価格帯である。

ワインやジュースなどもそうだ。ビールもスーパーで6本入りのハイネッケンは2000円と、為替を考えても余り高くない。それでも新聞では酒税が上がるので、パブで飲むビールは安価なFour Xなら7ドルだが、近々12ドル時代が来ると言っていた。尤も旨いIPAなどもう1200円だから余り関係ないが、つまり食料品だけが突出して上がっているのであった。

この事をある時仲間で話した時、「我々が80年代に東南アジアに行った時そうだったね!」と言う事になった。いい思いもしたし、そのツケを今払っているのかもしれない。

それにしても時給は日本が1000円に対しオーストラリアは2000円になってしまった。2倍どころかドルベースだと3倍の格差である。若い人が可哀想だが、海外に出れば大きなチャンスが待っている。麺屋という市内のラーメン屋に入ったら日本人女性だけで錐揉みしていた。何と逞しいと思って感動した。

Saturday, 4 February 2023

豪州のマッカーサー

ブリスベンの市街地にマッカーサー記念館があるので行ってみた。ビルの8階にある小ぢんまりした展示だった。奥に彼が使っていた部屋もあり、革張りの椅子に座っては当時を思い浮かべた。


驚いた事にその一角に、山本五十六機の操縦桿があった。ブーゲンビル島上空で撃墜された後、どうやってここまで持って来たのだろうか?そのマッカーサーだが、数年前にノーフォークにある記念館を訪れて以来身近な人になっている。

太平洋戦争では英雄だったが、朝鮮戦争ではあと一歩と言う所で議会に梯子を外された。大統領の道が閉ざされ、戦後は一人息子が偉大な父から逃れる為に失踪したりした。薄い頭を意識して終始帽子を付けていた事など、人間性を感じる部分も多い。

ノーフォークの記念館には東條英機邸から没収した軍刀や、降伏文書のコピーも土産で売られていて中々興味深かった。ただブリスベンの方は退役軍人と思われる人が屯っているだけで、何もなかった。

そう言えば、第一生命本社のマッカーサールームもあった。昔仕事の関係で訪れた時、「もし宜しかったらお見せしましょうか?」と言うので、折角なので見せて頂いた。ブリスベン同様、此方も大きな机と革張りの椅子が置いてあった。

マッカーサーはもう過去の人である。記念館を訪れる人も疎だし、若い人は名前さえ知らない人が多いようだ。ブリスベンには開戦当時100万人もの米兵が駐留していて、彼はそのトップだった。今となっては強者どもの夢の跡である。

Friday, 20 January 2023

シシリーの田舎旅

そのコルレオーネ村に行く途中、陽が暮れて来たので宿を取る事にした。処が大きな町もなくそれらしき建物もない。ある村で歩いている人にホテル、オテル、ペンション・・など知る限りの言葉を並べてもちっとも通じない。その時ある人が「あの雑貨屋に行ったら?」と指さしてくれた。 

その店に入ると、これまた主人と言葉が通じない。困っていると「弟なら英語が分かるから待っていろ」と言う。暫くするとその弟がやって来て事情を話すと、「この村にはホテルはないが、ここの2階で良かったら泊めてやる」という。その晩は彼の厚意に甘えて泊めてもらったが、歩くたびに床が軋む古い家だった。

翌朝発とうとすると、昨日の弟がやってきて「村を案内してやる」と言う。折角なので彼の車に乗り、着いたのはオリーブ畑だった。彼の家はオリーブを営んでいた。瓶の中から作り立てのバージンオイルを試飲し、「どうだ旨いだろう!」と自慢する。やは現地で味わう作り立ては違う。

 その次に行ったのは村の教会だった。中に入ると沢山の骸骨が服を着て陳列されていた。どうやら村人が亡くなると、こうして葬るのが仕来りだったようだ。大人も居れば小さな棺には子供もいた。不思議と気味悪くなく、イタリアの古い田舎文化のに思えた。 

シシリー島はイタリアの中でも最も貧しい地域と言う。その貧困がマフィアを生んだのだが、至る所にギリシャの古跡が残り、ミシュランでも3つ星が8か所もある風光明媚な処である。シラクーサの町には映画カサブランカに出て来るようなアラブ人が屯ぎ、街道にはトラック運転手目当ての黒人娼婦が立っている。魚は新鮮だしワインも美味かった。出来ればもう一度行ってみたくなった。

Wednesday, 18 January 2023

シシリーマフィアの逮捕

先日、シシリーマフィアの大物マッテオ・メッシーナ・デナーロが逮捕された。30年の逃亡生活の末という。彼のボスだったサルバトーレ・リーナも24年の逃亡生活だったので、二人は同じ運命を辿った。

デナーロの罪状の一つが1993年5月のテロだった。以前読んだシルヴィオ・ピエルサンティの「イタリア・マフィア」にその事件が出ていた。ターゲットはTVのコメンテーターで、日頃からマフィアを風刺していた男だった。ローマで車が爆発し一人が死亡し30人以上の負傷者が出した。

シシリーマフィアに興味を持ったのは、10年ほど前にシシリー島を旅した時だった。映画ゴッドファーザーで有名なコルレオーネ村を訪ねたのが切っ掛けだった。ドン・コルレオーネを思い浮かべながら歩いていると、村人が全員マフィアに見えてきた。外に立っているのは殆ど男で、皆んな立派なスーツと革靴を履いていた。村の中央にキャフェがあったので思い切って入ってみた。一斉に視線が注がれたのが分かり、あわててコーヒーを飲むや否や退散した記憶がある。

ところでそのゴッドファーザーにも出て来るが、バチカンの汚職事件でロベルト・カルヴィ頭取が暗殺された件があった。ローマの橋から吊るされるシーンはショッキングで、そのスキャンダルを扱ったラリー・カーヴィンの「誰が頭取を殺したか(The Calvi Affair)」は最も面白い読み物の一つになっている。その殺害を指示したのが、今回のデナーロのボスだったリーナと分かり、過去と現在が繋がったのであった。

処でシシリー島の首都はパレルモである。先の本の中に「パレルモ住民の3/4はマフィアと何らかの関係者」と書かれていた。そんな事とは知らず、呑気にバールで飲んでいたかと思うと背筋が寒くなった。

Saturday, 14 January 2023

泉晴紀さんの流儀

車の中でラジオを聴いていたら、漫画家の泉晴紀さんが面白い事を言っていた。それは彼が若い頃、編集者に連れて行ってもらった体験だった。

編集者はお金がなかったので、近場の安居酒屋に行ったのだが、その前に銭湯に寄ってひと汗流したという。その何の事ない作法が、ビールを美味しくさせて驚いたという。以来彼はその流儀に嵌ってしまい、飲む前には近場で銭湯を探し清めるという習慣が出来たという。

泉晴紀さんは「孤独のグルメ」で知られる久住昌之さんとコンビを組んで、泉昌之のペンネームで活躍する人という。失礼ながらその放送を聞くまで存知えなかったが、話を聞いていると作品が生まれる理由も頷けた。

かくいう私もそれに似た工夫を施している。最近は家飲みが増えているが、飲む前に近くの公園を2~3Kmジョッギングする。大した運動量ではないが、帰ってシャワーを浴びて飲むビールの味が各段に違う。「空腹こそ最大のご馳走」と誰かが言っていたが、ちょっとした工夫で人生が豊かになる。

Thursday, 12 January 2023

東野圭吾の本

街を歩いていると、若い人の服装が気になる。男も女も同じような色彩で、地味で安っぽい。特に今時の女性でハイヒールを履く人は皆無で、ズックみたいな靴が一層貧祖に映る。これも彼是30年は続いているデフレが成せる業か、将又男女差の敷居が低くなりつつある社会現象か、昔を知る者にとっては嘆かわしいの一語である。

 そんな矢先、若い人に人気のある東野圭吾を始めて読んでみた。今まであえて読まなかったのは、大衆的で内向きな処が何か赤川次郎に似ていて、俺のジャンルではないと思っていたからだ。手にしたのは20年以上前に出た「秘密」であった。

物語は交通事故に遭った親子が入れ替わる話であった。生き残った娘は話してみると実は死んだはずの妻だったり、その稚拙な設定からして一体何が面白いのかさっぱり分からなかった。とても最後まで我慢出来ずに途中で止めてしまった。

 同じようなタッチは、百田尚樹の「プリズム」にもあった。此方も20年ほど前の作品だが、多重人格の男に人妻が惹かれる話であった。百田氏の歴史ものは歯切れが良くファンの一人だが、こういった陰湿的なタッチはあまり冴えがない。そもそも家庭教師で通い始めた家の、居候と懇意になるストーリーも気持ち悪かった。

 デフレが長引き所得が伸びないと、若い人の心が停滞するのもよく分かる。20歳代でデフレを体験し始めた人は、もう50歳代になっているから恐ろしい。加えてこの何年はコロナで他人との距離が広がっている。その閉塞感はもはや日常化していて、見ていて本当に気の毒だ。先程の小説が受けるのも、こうした社会を投影しているからだろう。