Sunday, 28 December 2025
メリークリスマスは差別用語
Sunday, 21 December 2025
戦う外交官の本
今話題になっている垂秀夫氏の「日中外交秘録」がやっと届いた。注文してから三週間、新刊としては異例の売れ行きで、初版から半年も経たないのに、既に7版になっていた。
高市発言で中国が反発し、折しも中国に関心が集まる絶好のタイミングである。早速読み始めたが面白くて、500頁超の本だったが一晩で読んでしまった。
外交官は兎角、事なかれ主義と思っていた。国益よりも省内の和を優先し、途上国の厳しい生活環境を欧米勤務でオフセットするイメージがある。ただこんなに気骨ある人がいたかと思うと、少し先入観も変わってきた。正に戦う外交官で、特に優柔不断な対中国外交に果たした足跡は誇らしく思えた。
ところで先日の高市発言を引き出したのが、立憲民主党の岡田議員である。不用意な誘導質問に、混乱の原因を作った違和感があった。本の中にその岡田さんが出て来た。
民主党時代に外務大臣として、楊外交部長とギクシャクした話である。日中の大局観が求められていたにも拘わらず、枝葉末節な餃子事件の話に終始し、ケミストリーが合わない唯一の政治家として紹介されていた。昔から少しずれていた人だったかも知れない。
一方、安倍・習近平会談を実現させた菅義偉を大きく評価していた。これは意外だったが、菅さんはやはり、黒子に徹すると力を発揮した政治家だったのだ。
Saturday, 20 December 2025
フィンランドの釣り目事件
Tuesday, 16 December 2025
エプスタイン文書
アメリカでは、エプスタイン文書が燻り続けている。英国のアンドリュー王子が称号を返上し、サマーズ元財務長官も学会から追放され、ビル・ゲイツは妻と離婚した。トランプ大統領は写真や卑猥なスケッチが明るみになったものの、依然関与を否定している。
それにしてもクリントン元大統領やイーロン・マスクなど、多くの有名人の名前が出ている。誰しも若い頃の脛に、一つや二つの傷を持つの仕方ないにしても、ここまで公になると後戻りできない。高名な人だけに、夜も眠れない日が続いているのではないだろうか。
ところで夜遊びから恐喝に発展するケースも多い。情事を肴にカネを要求する、所謂美人局(つつもたせ)である。そんな時にどう対処するか、フレデリック・フォーサイスの短編が参考になる。
タイトルは「Money with menaces(恐喝金)」である。英国の保険会社に勤める普通の男が夜遊びをした際に、写真を撮られてカネを要求される話である。彼は指定された場所に封筒を届けるのだが、それは空けると爆発する爆弾で、犯人は吹っ飛ばされるのであった。
最後に主人公は、元英国陸軍の爆発物処理部隊の伍長だったというオチが付いていて、謎が解けるのだった。中々真似出来る芸当ではないが、エプスタイン文書に登場する人なら、きっと同じような気持ちになるのだろう。
Friday, 12 December 2025
リガの鉄十字勲章
「オデッサファイル」の続編にはガッカリさせられたが、折角なので50年前の原作を読み直してみた。これで3〜4回目になるだろうか?相変わらずの濃厚さに吸い込まれた。
冒頭にリガの収容所が出て来る。ラトビアの首都リガに行った時にはそんな形跡はなかった。それもそのはず、ソ連が迫った時に取り壊してしまった。当時のカイザーバルトと呼ばれる収容所のユダヤ人は、チェコのテレジン収容所から送られてきたと言う。テレジンには何年か前に行ったので土地勘が働いた。
テレジンはプラハの北方50㎞に作られ、更に辺鄙な場所に移送すための仮置き施設だった。半分町のような風景に、まだ戦争の初期だった事もあり、アウシュビッツのような最終処理場とは随分と趣きを異にしていた。
ラトビアの西にリアパーヤという港町もある。バルチック艦隊が出港した港として有名であるが、その郊外を走ると貨車がポツンと保存されていた。囚人を運んだ家畜用の貨車であった。ただでさえも寒々しい土地で、当時を彷彿とさせる迫力があった。今回もそんな光景を思い浮かべ小説と重ね合わせた。
オデッサはナチSSの逃亡組織、ファイルはその名簿である。戦後イスラエルのモサドの追求で、アイヒマンなど南米に逃れた残党の捕獲に繋がった。
ただ小説の主人公は同じドイツ人であった。彼は偶然手に入れたユダヤ人の遺稿から、軍人だった父親が、同じドイツ将校に殺害された事実を知るのであった。その意味で物語は親殺しの復讐であった。
決め手になったのが、柏葉と剣付の騎士鉄十字勲章であった。鉄十字の叙勲は30万人と多いが、柏葉に剣をあしらった勲章になると少なかった。殺された父親はそれを付けていた事で、死亡日から犯人を特定したのであった。
因みにこの受勲者は全部で159名、日本人で唯一の受勲したのが山本五十六だった。





