Thursday, 18 June 2026
将来は課長になる
Tuesday, 16 June 2026
日銀の利上げ
日銀が政策金利を0.25%上げて1%にした。1995年以来31年ぶりというから驚きだ。金利が数パーセントの時代に育った者にとっては、1%でもまだ低い気がするのに、政策転換のような騒ぎである。
そう言えば昔の指標は公定歩合だった。それが廃止されて政策金利になったとは、恥ずかしながら最近気が付いた。
日銀が利上げに慎重だった理由に、よく日銀の債務超過の話がある。河村小百合さんの「日本銀行 我が国に迫る危機」によく解説されているが、アベノミクスで買い上げた大量の国債やETFの評価損の問題である。債務超過になれば普通の企業なら倒産である。流石にお札を刷っているのも日銀だからそんな事にはならないだろうが、気になる今後である。
そんな最中、植田総裁が(2週間とはいえ)入院した。まさか苦渋の選択から来る心労でないだろうが、このタイミングに心配になる。そう言えば最近、元総裁の白川氏の存在が目立つ。立派な「通貨に信用を刻印する」の出版や、TVにもよく登場される。
白川さんは安倍首相の掲げた「2%の物価目標」とそりが合わなかった。彼は生え抜きだから、列記としたインフレファイターである。当時それが原因だったと外から見てても分かった。そして代わって登場したのが黒田さんである。異次元の金融緩和(世に言う「黒田バズーカ」)を行い、株価は上がりデフレも終わった。
しかし気が付いてみればその負の遺産が、今の日銀の足かせになっている。白川さんの復活はそんな揺り戻しと関係している気がするし、両者の間に入って後始末をする植田さんは気の毒である。
1%になるとは言っても、アメリカや英国は3.75%、EUは2.15%だから、まだまだ開きは大きい。だからそう簡単には円高に戻るとも思えないし、市民生活への影響が気になる。
Sunday, 14 June 2026
セキレイの巣作り
Friday, 12 June 2026
イランからの脱出
Thursday, 11 June 2026
ランスロットプロジェクト
中世の本を読んでいたら、アーサー王伝説を思い出した。
アーサー王はウェールズ出身で、12人の円卓の騎士と共に英国を統一した人物として語り継がれている。一説には架空の人物とも云われるが、ケルト文化の象徴として、大陸も含めて彼方此方に足跡を残している。
その一番の腹心が、ランスロット(Sir Lancelot)」という若者だった。腕が立ちしかもイケメンで、アーサー王の右腕として活躍した。処がランスロットは、若い頃からアーサー王の王妃と関係を持っていた。今風に云えば不倫だが、最後はそれを政敵によって密告され、王国は崩壊するのであった。
昔ドイツの会社と、アライアンスの仕事をしていた時があった。「日独で世界のシェアーを取りに行こう!」と、会議や研修を重ね親密な関係構築に努めた。中でも総勢100名の温泉合宿は、正に裸と裸の付き合いで絆は強まった。
ただある時、ドイツ側が付けたプロジェクト名が「ランスロット」だと分かった。殆ど気に留める人はいなかったが、個人的には内心「これは日本を寝取る作戦か?」と疑った。暫くしてそんな心配は思い過ぎだと分かったが、一時はヒアっとした。
Wednesday, 10 June 2026
ケン・フォレットの中世シリーズ
Thursday, 4 June 2026
阿部監督の逮捕事件
Sunday, 31 May 2026
浅草ロック座の国際貢献
TVのアド街ック天国を見ていたら、「昭和レトロの街」で浅草がNO1に選ばれた。仲見世商店街だけでなく、庶民的な劇場も多い下町文化が評価されたようだ。思い出したのはロック座だった。
1970年代の半ばに、田中首相が訪れたインドネシアで大規模な反日運動が起きた。それを主導したのがインドネシア大学医学部の学生だった。大丸はじめ日系企業がその標的になったので、経団連も鎮静に動いた。そして「彼らを日本に呼んで日本を知ってもらおう!」という事になった。
「相手が学生なら此方も学生がいい」と、とある団体の代表を務めていた関係で呼ばれた。晴天の霹靂とはこの事だったが、費用はアメリカの財団が出すという。麻布にある事務所を訪れ、趣意書を渡すとすんなり通してくれた。古風な一軒家だったが、生まれて初めて日本家屋に土足で上がった。今から思えばそこはCIAの出先機関だった。
それから暫くして一行が日本にやってきた。そして公私に渡る交流を図ったのだったが、ある日彼らを浅草のロック座に連れて行った。何故そこにだったのか覚えていないが、外人をストリップで持て成すのが当時の社会慣行だったのかも知れない。
入ると舞台では艶めかしい女性が裸体を披露していた。それを見たインドネシアの学生は、奇声を上げて館内を走り狂ってしまった。きっと敬虔なイスラム教にはない初めての世界だったのだろう、その思いも掛けない爆発にはビックリした。
彼らが帰国すると、反日運動はピタッと止まったのは言うまでもない。今風に云えば、ロック座が日本の安全保障に大きく貢献した事になる。
余談だが、高校の国語の教師にHさんという人がいた。一年の半分を志賀直哉の暗夜行路につぎ込む変人だったが、彼は若い頃、浅草ロック座の脚本を書いていたと自慢していた。そう言えば、欽ちゃんの奥さんもそこのスターだった。
色々ご縁があった場所が、未だに残っているのは嬉しい限りである。
Friday, 29 May 2026
水俣病と漁師の話
Tuesday, 26 May 2026
暗殺の現場巡り
先日ホワイトハウスに銃を持った男が侵入し射殺された。一カ月ほど前にも、ホワイトハウス主催の晩さん会で発砲騒ぎがあったばかりである。2年前にはペンシルバニアの集会で、 トランプ大統領の右耳を銃弾か掠めたのは記憶に新しい。次から次へと続く暗殺計画に、国内の不吉な空気を感じる。
要人の暗殺は、時によって歴史の大きな転換点になる。安倍さんの時もそうだったが、自民党の求心力に陰りが出た。時を経てその現場に立つと、止まったままの時間を共有する不思議な感覚になる。
その体験の最たるものが、ダラスのJFKだった。10数年前に訪れたが、JFKが被弾した場所の道路には×印が残っていた。オズワルドが狙撃したとされるビルも当時のまま保存されていた。ただそこから単発銃で狙うには余りに遠く、誰もが近くのグラッシーノールと呼ばれる小高い丘が怪しいという気持ちになる。
もう一つはヒットラーの(未遂だったが)暗殺現場である。場所はロシア国境に近いポーランドの「狼の巣」であった。ワルキューレ作戦と称したクーデター計画で、シュタウフェンブルク大佐が総裁大本営仕掛けた爆弾が爆発した。ヒットラーは一命を取り留め計画は失敗したが、防空壕などが現存する中、その現場は跡形もなくなっていた。
シュタウフェンブルクの家系を書いた「Secret Germany]」という本がある。彼は名門貴族の末裔で、ドイツを狂気から解放する崇高な使命感を持った人だった。
Sunday, 24 May 2026
ルイスの転換点
Friday, 22 May 2026
日韓のシャトル外交
日韓のシャトル外交が続いている。前回は高市首相の奈良、今回は李大統領の安東と、開催場所にも工夫が施されている。兎角些細な事から感情に火が付くお国柄である。「近くて遠い国」とも言われるが、トップが頻繁に会えば少しは気心も通じるだろう。いい事なので温かく見守りたい。
韓国の対日感情を象徴するのが、戦争博物館の展示である。大きな都市に行くと、その国の戦争博物館を見る事にしているが、ソウルの規模は世界的にも大きい方である。何度か訪れたが、特に朝鮮戦争で使われた兵器が所狭しと並べられていた。
館内の展示は歴史を時系列で辿っているので分かり易い。韓国らしいのは、その内容が時の風潮で替わるのである。
例えば反日が続いた時は、秀吉、加藤清正の朝鮮出兵から植民地時代までの抗日一色だった。処が朴槿恵政権になった頃だっただろうか、敵は日本から北朝鮮に代わっていた。朝鮮戦争や、北のスパイが闇に紛れて上陸する恐怖を煽っていた。
歴史家の宮脇淳子さんは、この書き換えを許容する国民性を「ファンタジー世界の住人」と呼んでいた。時の政権が都合のいいように歴史を弄るのである。「(韓国人は)ゴールポストを動かす」と言われたり、韓流ドラマが受けるのもその辺と関係している気がする。
日本製品の不買品運動や慰安婦像など、謂れのない批判はとても不快であった。もう繰り返して欲しくないので、今の関係が続いてくれればいいが・・・。
Tuesday, 19 May 2026
スパゲティーの話
グルメ話の最後はスパゲティーである。ヨーロッパを旅すると、殆どランチはスパゲティーそれもボロネーゼにしている。ひき肉にオリーブ油で味付けしたこの一品は、当たり外れがない。
因みに今まで一番美味かったのが、意外にもマケドニアの首都スコピエだった。スコピエはソ連時代の銅像が建ち並ぶ荒廃した町だった。でもマザーテレサの生家を出た処で、小さなレストランのボロネーゼは格別だった。
トマトソースのナポリタンもいい。昔から日本の洋食屋の定番で、日本風にアレンジした味は喫茶店で生き続けている。
そのナポリタンだが、やはり本場のナポリの味に勝るものはなかった。郊外にあるポンペイの遺跡を見て、噴火したベスビオス山に登った。その帰り道、偶然立ち寄ったレストランで食べたナポリタンは最高だった。美味し過ぎて大皿二皿を平らげた。
またボンゴレという魚介類が入ったパスタもある。此方はバルセロナ郊外の漁村で食べた味が忘れられない。
一方ヨーロッパで一番不味いスパゲティーは、何とフランスのパリである。何処も茹で過ぎるからパスタはグニャグニャになる。こればかりはフランス人とイタリア人の味覚の違いを感じるのである。
Saturday, 16 May 2026
皇室典範改正のタブー
話は飛ぶが、ダン・ブラウンの「ダヴィンチコード」にも似たような話があった。物語の最後に、ソフィーと称する普通の女性が村人に囲まれるシーンがある。彼女はキリストとマグダラのマリアの血を引く末裔として、何世代にも渡って保護されてきたのであった。
Thursday, 14 May 2026
ラーメンの話
Wednesday, 13 May 2026
レストランの勝手格付け
Friday, 8 May 2026
東京のグルメ三昧
Tuesday, 5 May 2026
スパイと公安
Saturday, 2 May 2026
カウラの脱走事件
Tuesday, 28 April 2026
監獄ホテルと脱獄劇
星のやが、奈良に監獄ホテルをオープンさせるという。今まで軽井沢や丸の内など、斬新的なセンスで成功させてきただけに、どうなるのか楽しみだ。
近くに監獄ミュージアムもあるようだ。オーストラリアにはこの手の観光名所が沢山あった。国民の4人に1人は祖先に囚人の血を引くお国柄だけあって、建国の歴史と深い関係があるからだ。ただ歩いていると囚人の嘆きが聞こえてきそうで、正直あまり楽しい処ではなかった。日本なら猶更陰湿な気がするので大丈夫だろうか?
ところで監獄を舞台にした映画は多い。スティーブ・マックイーンの大脱走やパピオン、ミッドナイトエクスプレスやグリーンマイルなど、モンテクルスト伯もあった。
中でも「ショーシャンクの空に(The Shawshank Redemption)」は爽快な気分になる作品だった。冤罪で投獄された銀行員が、所長の蓄財を手伝いながら、最後は脱獄に成功してそのカネを得る話である。
そう言えば、モンテクルスト伯のダンテスも冤罪だった。映画の囚人の多くは政治犯や捕虜など、同情に値する人である。レミゼラブルのジャン・バルジャンも、パン一個を盗んだ罪で投獄された。だから脱獄劇はサクセスストーリーが受けるのである。
昔「カッコーの巣の上で」という精神病院の映画があった。見た人は誰しも、「自分も精神患者と大して変わらない」心理になった。そもそも人間は罪深い生き物である。ホテルやミュージアムも、そんな囚人に寄り添う趣向があったらいいが・・・。
Monday, 27 April 2026
旅の失敗談
Sunday, 26 April 2026
ゴッドファーザーのロケ地
インバウンドで来日する人達の目的に、アニメの聖地巡りがあるという。アニメは疎遠なので、恩恵に授かれないのが残念だ。ただこうして日本文化が世界に浸透しているのは嬉しい限りである。アニメは知らなくても、海外のロケ地巡りをしているのでその気持ちはよく分かる。
今週のCNNニュースに、映画「ゴッドファーザー」のロケ地の話が載っていた。場所はシシリー島のサコバ(Sacova)という村で、マイケル・コルレオーネの結婚式を挙げた場所だった。
彼は酒場の娘を見染て結婚するのだが、村の人たちがエキストラとして駆り出された。当時18歳の女性は新婦の付き添い役で出演した。今では72歳になっていたが、「まだ水道も無かった村が、その映画を境に観光客が増えて村が潤った」と語っていた。
村はイタリア本土に渡るメッシーナという大きな港町の近くだった。メッシーナは2年前に通った。戦争で壊滅的な被害を被ったと聞いていたが、今ではその面影もなかった。
映画の中に、マイケルの横を米軍のジープが通るシーンがある。当時はその解放直後だった事も伺えたり、シシリー島への上陸の陰にはマフィアの協力が大きかったのを思い出した。小さな記事だったが、旅の記憶が少し蘇って来た。
Tuesday, 21 April 2026
ロマノフ王朝の頃
Monday, 20 April 2026
オークニー島のスパイ
タリスカーと並ぶ印象的な蒸留所が、オークニー島のハイランドパーク(Highland Park)である。
スコッチの多くはスペイサイドやハイランドで作られている。有名なシングルモルトのマッカラン(Macallan)やグレンフィディック(Glenfiddich)など、その酒蔵はとても美しい。行った時にも新郎新婦が記念撮影をしていたが、ビートの香りと相まって華やかな雰囲気がある。
一方オークニー島は、スコットランド最北端から船で渡る寂しい処である。人口2万人の島には石器時代の住居跡や、ストーンヘンジを大きくしたような石碑群が立ち並んでいた。こんな寒い所にも、古代から人が住んでいたかと思うと驚きである。そこにひっそりと佇むのがハイランドパークの蒸留所だった。
Sunday, 19 April 2026
Resilient なウィスキー職人
Friday, 10 April 2026
知床の観光船沈没事故
クラフトウィスキーを探していると、4年前に北海道の知床で起きた、観光船沈没事故に遭遇した。船員、観光客26人が全員死亡した記憶に新しい出来事である。
その犠牲者の一人が、会津で大手スーパーを営む跡継ぎの青年だった。彼は慶大を卒業し英国留学した。その際に現地のウィスキーに魅せられ、帰国して天鏡蒸留所なるクラフトウィスキーを立ち上げた。
24歳の時だったが、それから4年後にあの事故に遭いこの世を去った。地元では氏の意思を継いだウィスキー事業が続いているという。
毎日のニュースで、交通事故や火事で亡くなる人が絶えない。ただ殆ど自分とは無関係なのであまり気にも留めないが、こうして身近な話になると、残された両親、友人、取り分け有望な跡継ぎを亡くした一家の無念さが伝わってくるのであった。
Thursday, 9 April 2026
クラフト(ご当地)ウィスキー
先日、ある人から珍しい国産ウィスキーを頂いた。SAB Dark Blackという富山のウィスキーだった。ご本人が富山出身だったご縁だが、中々コクがあって美味かった。
それから暫くして酒屋で、Ichiros Maltという聞き慣れないウィスキーを見つけた。此方も国産で中々の味だった。調べてみたら、武川蒸留酒販売というクラフトウィスキーの草分けだと分かった。ベンチャーで起業し、蒸留所は秩父と意外な場所だった。
クラフト(ご当地)ビールはよく見かけるが、クラフトウィスキーもこの20年で120を超える蒸留所が出来ていた。規制緩和の賜物だろう。「山崎」や「響」に代表される日本のブレンド力は世界のトップクラスだから、これからが楽しみだ。
日本は加工技術立国である。焼酎の麦はオーストラリア産、富山のマス寿司のマスはロシア産、金沢の金細工の金も勿論輸入品である。資源のない国の創造性は凄い!
Saturday, 4 April 2026
大和の父子(おやこ)桜
Thursday, 2 April 2026
歯科のサングラス
オーストラリアを旅していた時、歯茎が痛くなったので歯科に行った。診察室に入るや、「このグラスを掛けて下さい!」と言われ、サングラスを渡された。
歯科の診察台はライトが明るいので、目をぐっと閉じなくてはならない。ところがそのサングラスを掛けると暗室に入ったような感じになり、グッと安心感が高まるのであった。
帰国してその事を知人の歯科医に話した。一人は年配の歯科医だった。感心していたものの、「へーそうなんですか?」と聞き流していたのが分かった。もう一人は若い人だった。彼は早速iPhoneを取り出し、何やらメモしていた。
彼は暫くして職場でそれを試したらしく、「患者さんにとても好評だった」と報告してくれた。今まで手拭いで目を覆っていたよりスマートだし、医者的にも患者の視線を気にしなくなったという。
些細な事だが、やはり若い人は頭が柔らかいから新しい事に寛容だ。AIやロボットの進化で、世の中は物凄いスピードで変わっている。政治も経営もそうだが、どんどん若い人に任せた方がいい。そんな事を感じた一コマだった。
Wednesday, 1 April 2026
ジンダイアケボノが咲く頃
今年もサクラの季節がやってきた。この週末は天気も良かったのでお花見日和だった。我が家も恒例の花見を楽しんだ。酒屋で冷えたビールを取り寄せ、料理は近所の奥さんたちが作ってくれた。夕方になると、一斗缶に焚き木で暖を取る。夜まで時間も忘れて延々と続いたので飲み過ぎてしまったが・・・。
日本人は本当に桜が好きである。四季の移り変わりに敏感な国民性から来るのだろう。桜を見ていると、生きている実感が湧いてくる。「散る桜、残る桜も散る桜」の刹那さも好きだ。散るのに美しく感じるのは、詫び錆びの文化である。
ただ何年か前から、その代表的なソメイヨシノが枯れ始めている。昨日も井の頭公園に行ってみたが、昔に比べてスカスカになっていた。そう言えば「ワシントンのポトマック河の桜も枯れ始めた」とTVで言っていた。
我が家の桜も、数年前に一本が枯れてしまった。1mの幹だけは何とか残ったが、今年思い切って新しい桜に植え替えた。樹木医に聞くと「ジンダイアケボノがいい!」というので、植木屋に頼んで小さな苗を植えて貰った。
ソメイヨシノに比べて少しピンク色が強い。まだ2cm程の小さな苗木に一輪付いていた。20〜30年すればこれも立派な木になるだろう。でももうその頃には、私はこの世にいないかも知れない。
それでもその咲き誇る光景を思い浮かべると、楽しみな気分になってくる。樹木医が「動物には寿命があるが、樹木は手を掛ければ永遠に生き続けます」と言っていたのと、何か関係する気がする。
Tuesday, 31 March 2026
神奈川県警とノルマ主義
Wednesday, 25 March 2026
悪夢の裏銀座ルート
Sunday, 22 March 2026
禁酒とヒジャブの国
今話題のイランとはどんな国なのだろう?行った事もないし、唯一出逢ったイラン人はいい印象がなかった。テレビに映るのは何故か男だけ、皆髭を蓄えて目つきが鋭い。でもテニスのアンドレ・アガシは好人物だし、日本で活躍するサヘル・ローズも美しい女性だ。
そんな国を少しでも知りたく、都内にあるペルシャレストランに行ってみた。「営業中」の看板が出ているのに鍵が掛かっていた。ガチャガチャやっていると主人が中から開けてくれたが、店内は昼だというのに暗かった。まさか此処までミサイルが飛んでくるはずもないが、警戒心を感じた。
料理は定番のケバブと豆の煮込みを頼んだ。どちらも塩辛いので、ワインが必要だった。折角なのでイランワインと思っていたら、レバノン産しかない。考えてみれば禁酒の国だから、酒なんてあるはずもなかった。
アルコールだけでなく、イスラム文化は女性に厳しそうだ。ヒジャブで顔を隠さなくてはならないし、結婚も親が決める気がする。昔読んだジェフリー・アーチャーの小説で、英国人と結婚しようとしたインド人女性が、父親に射殺される件を思い出した。
でもこうした風習は、生活の知恵から来ているのかも知れない。豚肉を食べないのは疫病から身を守る為とか、アルコールも灼熱の気候と関係してたり、女性の縛りも良からぬ欲望を生まないとか・・・、いつか識者に聞いてみたい。
Thursday, 19 March 2026
ベネゼイラのWBC優勝
ワールドベースボールでベネゼイラが優勝した。それもアメリカに競り勝った。ベネゼイラはこの1月、大統領がアメリカに拘束されたばかりである。今回のイランもそうだが、一国のトップが他国に浚われたり殺されたりすれば、誰しも反米感情が生まれる。選手もファンも、その不思議な力を授かったのかも知れない。
ヒトは大きな逆境に直面すると覚醒する。
フレデリックフォーサイスの短編「The Emperor (帝王)」は、それを物語る代表作である。普段は地味な銀行員で、奥さんの尻に轢かれる男がいた。彼はある時誘われ一本釣りの漁に出ると、死闘の末500㎏を超えるカジキを釣り上げた。港に帰って来ると、「銀行なんて、マダムなんて糞くらえ!」と、正に「海の男」になっていたのである。
ジョン・トーランドの「バルジ大作戦」もある。ヨーロッパ戦線末期に、バルジ(突出部分)に取り残された米兵の心境である。普段は贅沢で自尊心が強い兵士が、冬の寒さと支援が途絶えた中で戦い抜いた。著者は「恐るべき戦士に仕上げられた」と言っていたが、死を乗り越えるとヒトは変わるのであった。舞台になったアルデンヌの森にも足を運んだので、身近に感じている。
尤も覚醒も良からぬ方向に走るきっかけになる。太平洋戦争を始めた日本人もそうだったが、追い詰められた生存本能は時として暴走する。今回もイラン人がこれからどう出るか?とても気になる。
Tuesday, 17 March 2026
部屋にいる象
Saturday, 14 March 2026
アメリカに眠る戦利品
Tuesday, 10 March 2026
イラン革命防衛隊のスパイ?
Friday, 6 March 2026
清潔な日本のトイレ
Sunday, 1 March 2026
子供のメンタルヘルス
Friday, 27 February 2026
Op shop
Thursday, 26 February 2026
ペンギンプロジェクト
メルボルンの観光名所に、フィリップ島のペンギンパレードがある。同市を訪れた人なら誰しも一度は行く場所と聞き、話の種に行ってみた。
日没を過ぎると、沖からペンギンが浜に上がって巣に帰る。そのパレード見物だが、もの凄い数の観光客(中でも断トツは中国人)に圧倒された。夏とは言っても夕方になると急激に気温が下がり風も強くなる。そして寒さに震えて待つ事2時間、やっと暗闇にペンギンが現れた。
そのペンギンだが、メルボルンから350km程離れたWarrnambool という海沿いの町で面白い話を聞いた。それは沖に浮かぶ島のペンギンプロジェクトの話だった。
その島では2000年当時、500頭を超えるリトルペンギンが生息していた。ところが狐が雛を襲い始めると、2005年にはたった10頭に減ってしまった。
そこで地元の鳥農家の人が、ニワトリを守るために飼っていた犬をペンギンの見守りに使ってみた。すると狐は来なくなり、今では180頭程に回復したという。
犬の犬種はマレンマ・シープドック(Maremma Sheepdog)、ゴールデンレトリバーに似て優しい感じがする家畜護身犬である。今でも訓練を重ねた数頭でペンギンを守っているという。市の観光局には犬の縫いぐるみを土産物として売っていた。如何にもオーストラリアらしい心温まる話であった。
余談だが、偶然この話を知ったのも、隣町のPort Fairy Golf Linksに行ったからである。美しい海岸沿いのゴルフコースは100年以上の歴史があり、全豪ベスト50にも選ばれる名門であった。平日だというのに多くのゴルファーが来ていて、それは忘れられない体験になった。
Wednesday, 25 February 2026
明るいオーストラリアの人々
インバウンドで来日の外国人で、この寒いのにTシャツ姿で歩いている人がいる。思わず「馬鹿じゃない!」と目を疑うが、彼らは100%オーストラリアの人である。夏の南半球からやって来たので、まだ体が温かいのだろう。そんな彼らと接する内に、その実態が段々分かってきた。
1)性格
とても気さくである。ゴルフ場やビーチで擦れ違い際に目が合うと、誰でも必ずニコッと挨拶する。「グッダイ!」、最初はどういう意味かと思ったが、暫くしてGood dayの短縮形「G'day!」だと知った。
見知らぬ他人でも、昔から知り会いだったかのように話し始める。最初は戸惑うが、慣れて来ると気楽でいい。
此方の英語が多少聞き取れなくても、辛抱強く聞き取ろうと努める。様々な移民英語に慣れているせいだろうか?一方でAussie Englishも何を言っているのかよく分からない。eをアイと発音したり先の短縮系が多いからだ。町の名前のPortsea をポッチーと発音され、分かるはずもなかった。
2)食の感覚
食は総じて薄口を好む。ステーキも塩だけで食べるし、チーズもタスマニアに代表されるようにコクがない。酒屋の主人が言っていたが、「日本のウィスキーは強すぎる」という。来日の人が食べるラーメンも、実はスープが濃いのかも知れない。
それにしても外食は不味くて単調である。味に無頓着なのは英国の血を惹いているからだろう。何処に行ってもマックやFish&Chipsばかりで、よく飽きないと未だに不思議である。
以前泊まった家にリバプールから移って来た50代の主人がいた。奥さんも共働きだったので平日は自分で作っていたが、その食はビックリする程質素だったのを思い出す。
3)住居と家具
住居は平屋建ての一軒家で羨ましい限りである。どこも比較的新しく、広いリビングに隣接するキッチンにはバーのカウンターが付いている。
価格が気になったので不動産屋を覗いて見てみると、メルボルン郊外でも優に100万ドル(1億1000万円)以上していた。一方で個人の借り入れもほぼ同額程度あるというので、実態はかなり深刻なようだ。Airbnbで貸し出す宿が多いのもそのせいかも知れない。
そんな部屋を飾る家具は殆ど輸入物(中国製)である。大きなショッピング店に入る家具店は、スペインの時もそうだったが95%以上は中国製、中国が潤う訳である。
4)車
広い国に欠かせないのが車である。車は100%輸入、その6割が日本製である。中でもトヨタが目立つ。自国では作らずに鉱物資源を輸出して得たカネで買っている。
5)国民性
滞在期間中、ミラノの冬季オリンピックをやっていた。オーストラリアはモーグルスキーやスノボーで3つの金メダルを取った。TVでは何度もその映像を流していたが、自国選手への応援は万国共通であった。彼らの喜び表現は(全豪オープンの時もそうだったが)、桁違いに爆発する。
1月26日はAustralia Dayであった。恒例の式典の中継を見ていると、相変わらず強い愛国心が伝わってきた。今年で入植238年目である。英国やアイルランドの流刑地としてスタートしたので、国民の4人に1人は受刑者の血を継いでいる。長い航海を経て罪は浄化され、第二の人生が始まり今に至っている。第二の国歌と言われるワルティング・マチルダがそれを物語っている。
メルボルン湾の入り口に、当時の移民が疫病で隔離された場所あった。そこは長い航海で亡くなった人の埋葬地でもあった。そんな過酷な過去を乗り越え、厳しい自然の中で只管に前だけを見て生きてきた。オーストラリアの人が明るいのは、そんな歴史に由来する気がした。
Tuesday, 24 February 2026
オーストラリアのゴルフ事情(下)
5)プレースタイル
ゴルファーの4人に3人はカートを使う。カートも1人一台だから贅沢この上ない。倶楽部に自分専用のカートを置いておく倉庫もある。私は運動の為と称して歩いているが・・。
ゴルフの腕前は総じて下手な人が多い。子供なら何処でも5ドルで回れる気軽さから来るのかも知れないが、その点は日本人の方が上である。シャツは上から出して、よっぽどいい倶楽部に行かない限り、服装はいい加減である。
意外かも知れないが、殆ど男女は別々に回っている。特にコンペなどは男性しかいない。家庭を大事にするAussie husbandだが、この時だけは伸び伸びするのだろう。
6)19番ホール
18ホールが終わって辿り着くビールの味は格別である。昔はよくワンパイントを頼んでいたが、Aleなど度数が強いのを飲むと帰りの運転がきついので、最近では半分にしている。ゴルフ場にはアルコールの自己検査機を備えている処もあるから、事故も多いのかも知れない。
ビール一本でワイワイガヤガヤ、プレー後の皆さんは本当にいい顔している。
7)Links とRidge
Linksと呼ぶコースがある。海沿いの砂地に作った天然のゴルフ場である。新しく開発される事がないから、100年以上の古いコースが多い。代表的なのはスコットランドのセントアンドリュースであろうが、メルボルン近郊にも多かった。
強い横殴りの海風で、真っ直ぐ飛んだボールが途中から直角に曲がってしまう。向かい風はドライバーで打っても100y以下、逆に追い風ならピッチングでも150yは飛ぶ。これを覚えると風が味方になる。
もう一つは Ridgeである。兎ねって起伏があるコースを指す。前の組が見えな処があるので気を付けなくてはいけない。傾斜がきついと真ん中を狙っても転がり落ちるので、山側を狙うのが定石だ。
8)距離表示
オーストラリアの距離はメートル表示である。本場英国がヤードなのに何故なのだろう。日本のヤードに慣れているかせいか、将又日差しが強いので思ったより近く見えるせいか、何度やっても寄せがどうしてもショートする。
9)日本との違い
彼方から見る日本のゴルフ場は、変に厳格でゴージャスである。受付のユニフォーム姿や立派なロッカーと風呂、そして何より未だに残るジャケット着用や豪華な食事文化など。恐らく企業の接待文化の名残なのだろうが、そろそろ変わってもいい頃だと思っている。
オーストラリアのゴルフ事情(上)
ここ数年、冬になると温かいオーストラリアで過ごしている。やるのは只管ゴルフである。もうかれこれ90ラウンド程になるだろうか?今年はメルボルン近郊にした。ただ宿は都心だと騒々しいから、今回は80㎞程離れた湘南のような海沿いの町にした。これが大正解で、小さなビーチ沿いの田舎町は快適だった。
メルボルンはオーストラリア第二の都市である。ゴルフ場の数は人口に比例するのでコースも沢山あった。数千人の町にも必ず一つあるから、とても1カ月で廻り切れる数ではない。以下、そのゴルフ事情を2回に分けて紹介したい。
1)ゴルフ場の種類
大きく分けて2つある。一つはGolf Clubと称する文字通りの倶楽部、結婚式も出来るレストランを有する町の集会場である。勿論メンバー制だが、ビジターも空いていればプレーする事が出来る。料金はPGAも開催される本格コースになると100〜200ドルするが、一般的には40〜70ドル程度である。
もう一つはGolf Courseである。倶楽部ではないからレストランはなく、ビールもタップ式でなく冷蔵庫から出した缶や瓶になる。パブリックは殆どこれに該当する。料金は40〜55ドル程度、ドレスコードもないからTシャツでやっている人もいる。
2)予約の方法
倶楽部の探し方はグーグルマップでGolf courseを選択し、倶楽部のWeb siteから登録・予約する。ただ平日のだと結構空いているので、ぶらっと行っても大丈夫である。着いてから前が空いていればいつでもスタートさせてくれる。
3)スタートの前に
オーストラリアのゴルフ場に着くと、まずPro shopと称する店で支払いを済ませる。大体おじさんが一人でやっている。あとはカートを片付けるアルバイトやレストランの女性ぐらいで、殆ど人件費が掛かっていないのが分かる。
受付で聞かれるのは「H18かH9か?カートか歩きか?」の二つである。歩きだとバギーを借りる。大体5ドル程度だが、何度もやる内に自分用を買った。そのバギーだが、Pull buggy と呼んでいたらPush buggyと呼ぶ人もいた。ノコギリもそうだが、彼らは押す力が強い。確かにバギーは押している人が多い。
4)プレーの注意事項
特にない。どこでも至って寛容である。「Enjoy!」と良く言われるが、兎に角ゴルフは楽しむ事が大事なようだ。例えば打ち込まれても、目くじら立てて怒る人はいない。一度前の組が見えずに打った球が、グリーン上でパットしている人の足元まで転がった事があった。ヒアっとして散々誤ったが、彼らはあけらっかんとしていて、むしろ「Nice shot!」と言われたのには恐縮した。
現地の人と一緒に廻る事も良くある。(片言英語だが)話していると、何処のゴルフ場がいいとか、近くのビール工場の作り立てが美味いとか、貴重な情報源になる。一緒に廻ったからと言って、相手のスコアを確認する慣習もない。
Monday, 23 February 2026
自然と共存する国
オーストラリアは自然に溢れた国である。ゴルフ場には野生のカンガルーやウォンバットなどが生息してる。ヘビもいるからブッシュに入ったボールは取りに行かないようにしている。カンガルー家族にカメラを向けると、立ち上がって警戒するお父さんの横で寝そべる子供の姿が何とも可愛らしい。
コースには動物のフンが落ちているから、ハエがやたらに多い。打とうと構えると顔に群がるので集中出来ないからイライラする。ところが一緒に廻るオーストラリアの人は全く気にしない。これもお国柄なのかと改めて思った。
一方で自然に纏わる事故も多い。滞在している間に13歳の男の子が、サーフィン中にサメに襲われて死亡する事件が起きた。場所はシドニー近郊のボンダイビーチで、暫く前にユダヤ人が襲撃された場所でもあった。追悼式には多くのサーファーが集まり、ボードに乗って輪を作り偲んでいた。
崖から海に飛び降りて大けがをしたり、相変わらず高温から発生する森林火災も後を絶たない。メルボルンからグレート・オーシャン・ロードに行く道が火災で閉鎖されていた。山道を迂回したが、遠くで立ち上る黒煙が見えた。動物の犠牲も多く、特にコアラは逃げる時に木に登るから焼死する話を聞いて胸が痛くなった。
野生動物の交通事故も多い。運転しているとよく鳥や動物の死骸を見る。コアラに衝突した時だけは、警察へ報告しなくてはいけないようだ。
Sunday, 22 February 2026
楽しい全豪テニス観戦
Saturday, 17 January 2026
医療制度に一言
Sunday, 11 January 2026
赤穂浪士の時代
毎年12月になると、何故か14日の赤穂浪士討ち入りに思いを馳せる。主君の恨みを晴らすリベンジ劇は痛快で、忠君とは全く無縁なのに不思議と血が騒ぐ。泉岳寺にも何度か足を運んだが、時を経てもその志は色褪せない。










