Saturday, 17 January 2026

医療制度に一言

予てより社会保障費の負担が問題になっている。維新の吉村さんがよく例に出すが、「年収350万円の人が払う保険料が50万円、企業の負担分も50万円だから、計100万円も掛かる!」である。これは常軌を逸するバランスである。

家の近くに整骨院があるが、朝から整体で順番待ちで並ぶ年寄りが多い。その多くが保険適用が利くマッサージらしい。友人の医者が「病院に来る患者の5人に4人は来る必要のない人だ!」と嘆いていた。今や病院は年寄りのサロンである。こんな人の為に、高い保険料を払っているかと思うと腹が立つ。  
 
個人的な事になるが、幸いにも今まで大きな保険のお世話になった事がない。せいぜい歯医者か定期健診位である。その代わりに運動はよくする。ゴルフやスキーは勿論、テニスに至っては2日に1回は倶楽部に行っている。だからお金も掛かる。健康維持に頑張って殆ど保険を使わないのに、そうでない人と同等の負担を強いられる不公平感がある。

今の保険制度の基本は「病気になったらどうするか?」である。しかし「病気にならないようにするにはどうするか?」がもっと大事だ。スポーツや食の管理で、クスリにお世話にならない人の保険料は安くするべきだ。病気にならないように努めれば、毎朝ラジオ体操に出る人は増えるだろうし、何より人々の生き方が前向きになる。結果国庫の出費も減るのである。

日本の社会保障関係費は37兆円、国家予算の33%を占めている。ここまで膨らんで来たのは、医療をタブー(聖域)視したのも大きい。東日本大震災の復興やLGBT(性的少数者)の議論もそうだが、世の中(特に役所)では正面から反対できないタブーが沢山ある。医療はその代表格で、「この薬に保険が適用されなければ死んでしまいます。死んでもいいのですか?」と聞かれれば、反対できる人なんているはずもない。

日本人はこのタブーに弱い。しかしもっと現実的になれば、そんな一方的な議論にはならないはずである。

それからもう一つ、健康は元来自分で管理するのに、いつの間にか行政任せになっている風潮も気になる。以前親が介護のお世話になった時、階段や風呂場の手すりまで90%の保険が適用されたのにビックリした。それは有難い事だったが、国の過剰サービスに国民がマヒする主客転倒が起きている。

思えば昔は保険制度なんてなかった。それでも何とかやってきたのが人間である。原点に返ればお互い助け合いの社会、他人との新たな繋がりも出て来よう。そろそろ考え直すいい頃かと思っている。

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