Tuesday, 21 April 2026

ロマノフ王朝の頃

ロシアがウクライナに侵攻してから、かれこれ4年が経つ。当初は直ぐにキエフが陥ちると思っていたが、ウクライナの抵抗は大したものである。西側の支援があるとはいえ、やはり兵士や国民の士気が違うのだろう。

そんな中、久しぶりにロシア版の「戦争と平和」をDVDで観てみた。今から60年近く前の作品である。5年の歳月を経て完成した大作で、主演のリュドミラ・サベリエワは、子供の時から5年の歳月をかけナターシャを演じた。

当時はまだ中学生の頃だったが、その可愛らしさと気品にすっかりファンになってしまった。トルストイはナターシャをして「(コサック)ロシアの血が流れている」と言っていたが、貴族社会の気丈な女性の象徴だった。

当時のロシア社会は男は男らしく女は女らしく、日本の武家社会に似て堅固だった。文学や音楽の芸術の高さもそこから来ていた。それがロシア革命で消散し、独裁と陰湿な密告社会に成り下がってしまった。

つくづく今から思えばロマノフ王朝の崩壊が惜しまれる。もしも続いていれば、日本の天皇制のように国が纏まり安定したかも知れない。尤も昔は経済学と言えば、マルクス経済学が幅を利かせていた時代もあった。こぞって勉強したので、あまり偉そうな事は言えないが・・・。

Monday, 20 April 2026

オークニー島のスパイ

タリスカーと並ぶ印象的な蒸留所が、オークニー島のハイランドパーク(Highland Park)である。 

スコッチの多くはスペイサイドやハイランドで作られている。有名なシングルモルトのマッカラン(Macallan)やグレンフィディック(Glenfiddich)など、その酒蔵はとても美しい。行った時にも新郎新婦が記念撮影をしていたが、ビートの香りと相まって華やかな雰囲気がある。


一方オークニー島は、スコットランド最北端から船で渡る寂しい処である。人口2万人の島には石器時代の住居跡や、ストーンヘンジを大きくしたような石碑群が立ち並んでいた。こんな寒い所にも、古代から人が住んでいたかと思うと驚きである。そこにひっそりと佇むのがハイランドパークの蒸留所だった。

日本でもよく売っているが、スモーキーでどっしりとした味覚は好みである。「濃厚なシェリー風味のボディと絹の如き滑らかな口当たり」で、以来迷ったら飲むことしている一品である。

ところでそのオークニー島を舞台にした、ライト・キャンベルの小説「座って待っていたスパイ(The Spy Who Sat And Waited)」がある。

第一次大戦が始まる前に、ドイツは開戦を予想して島にスパイを送り込んだ。目的は島にある英国軍港の諜報である。彼は旅行者を装い定住し、現地の女性と結婚しバーの主人に治まった。そして待つ事20年、遂に戦争が勃発すると、軍港に停泊していた軍艦の撃沈誘導に成功するのであった。

男の名前はウルター、彼がバーで出していたのもきっとハイランドパークに違いない。ウィスキーの熟成に似た、只管待ち続ける仕事が終わった時の安堵感も一入だっただろう。これを読んでから、ひょっとして泊まっていた宿がその舞台だったか気になっている。

Sunday, 19 April 2026

Resilient なウィスキー職人

日本のウィスキー事情を知りたくて、「Japanese Whisky 日本蒸留所年鑑」なるものを取り寄せた。それによると、今や輸出額では清酒を凌駕し、500億円の成長産業になっていた。確かにサントリーの山崎や響は何十万円もするから、追随するのは当然かも知れない。

大手を除く殆どの蒸留所は、この数年で始まっていた。母体は地元の酒蔵やベンチャーなど様々である。本の著者は土屋守氏、この道の有名ジャーナリストである。以前スコットランドやアイルランドの蒸留所を訪れた時、彼の「シングルモルトを愉しむ」で予習して知見を深めさせてもらった。今回もその熱意が伝わって来た。


ところで10年以上前に、スカイ島のタリスカー(Talisker)蒸留所を訪ねた時だった。館内にはここで働く男たちの「資質9か条」が掛かっていて、痛く感銘を受けた。

その第一条は「逆境に直面しても、しなやかに適応する性格(Resilient)」であった。第二は「創造力がある事(Inventive)」、第三は「ユーモアがある事(Humorus)」、第四は「タフ(Tough)」、第五は「自分の事は自分でする(Self-sufficient)」、以下「水に強い事(Waterproof)、忍耐力(Patient)、強運(Lucky)」であった。

これから浮かび上がるのが、寡黙でコツコツ働く人の良さである。スコッチの起源は、イングランドの迫害から逃れて山奥で始めた密造酒である。その孤独な環境と戦う内に形造られたのだろう。

ウィスキーは熟成するまで、何年も待たなくてはならない。そこが日本酒との一番の違いである。新蒸留所も既にその試練が始まっている。

Friday, 10 April 2026

知床の観光船沈没事故

クラフトウィスキーを探していると、4年前に北海道の知床で起きた、観光船沈没事故に遭遇した。船員、観光客26人が全員死亡した記憶に新しい出来事である。


その犠牲者の一人が、会津で大手スーパーを営む跡継ぎの青年だった。彼は慶大を卒業し英国留学した。その際に現地のウィスキーに魅せられ、帰国して天鏡蒸留所なるクラフトウィスキーを立ち上げた。

24歳の時だったが、それから4年後にあの事故に遭いこの世を去った。地元では氏の意思を継いだウィスキー事業が続いているという。

毎日のニュースで、交通事故や火事で亡くなる人が絶えない。ただ殆ど自分とは無関係なのであまり気にも留めないが、こうして身近な話になると、残された両親、友人、取り分け有望な跡継ぎを亡くした一家の無念さが伝わってくるのであった。

Thursday, 9 April 2026

クラフト(ご当地)ウィスキー

 先日、ある人から珍しい国産ウィスキーを頂いた。SAB Dark Blackという富山のウィスキーだった。ご本人が富山出身だったご縁だが、中々コクがあって美味かった。

それから暫くして酒屋で、Ichiros Maltという聞き慣れないウィスキーを見つけた。此方も国産で中々の味だった。調べてみたら、武川蒸留酒販売というクラフトウィスキーの草分けだと分かった。ベンチャーで起業し、蒸留所は秩父と意外な場所だった。


クラフト(ご当地)ビールはよく見かけるが、クラフトウィスキーもこの20年で120を超える蒸留所が出来ていた。規制緩和の賜物だろう。「山崎」や「響」に代表される日本のブレンド力は世界のトップクラスだから、これからが楽しみだ。

日本は加工技術立国である。焼酎の麦はオーストラリア産、富山のマス寿司のマスはロシア産、金沢の金細工の金も勿論輸入品である。資源のない国の創造性は凄い!

Saturday, 4 April 2026

大和の父子(おやこ)桜

この4月7日は、戦艦大和が沖縄特攻で沈んだ日である。連合艦隊の司令長官を務めたのが伊藤整一中将であった。そのエピソードを綴った中田整一著「四月七日の桜〜戦艦大和と伊藤整一の最後」は胸に詰まる一冊である。

大和特攻から3週間後に、ご子息もカミカゼで沖縄に突っ込んだ。同じ月に夫と一人息子を亡くした夫人は、二人を追うように逝ったという。現存するご自宅には毎年この時期になると立派な桜が花を付ける。桜の幹は二つに分かれているので、筆者は「父子(おやこ)桜」と呼んでいた。戦争を知らなくても、それを見ると当時の様子が蘇ってくる。


もう一つ、毎日のように通うテニス倶楽部がある。今時珍しいクレーコートで11面もある。整備に時間と手間が掛かるものの、クレーは足への負担が少ないから好評である。

実はその土地はオーナーの祖父が、日露戦争で殉死した弔慰金で買った土地だった。日露戦争では海と陸で25万人もの死傷者が出た。取り分け陸軍の損害は甚大だったが、そこで倒れた人の所縁で毎日元気を貰っている。

敷地にはやはり大きな桜の木が聳えている。倶楽部会員はこの季節、テニスそっちのけで花見をやる。故人がどこかで、目を細めて見ているような気がしている

Thursday, 2 April 2026

歯科のサングラス

 オーストラリアを旅していた時、歯茎が痛くなったので歯科に行った。診察室に入るや、「このグラスを掛けて下さい!」と言われ、サングラスを渡された。


歯科の診察台はライトが明るいので、目をぐっと閉じなくてはならない。ところがそのサングラスを掛けると暗室に入ったような感じになり、グッと安心感が高まるのであった。

帰国してその事を知人の歯科医に話した。一人は年配の歯科医だった。感心していたものの、「へーそうなんですか?」と聞き流していたのが分かった。もう一人は若い人だった。彼は早速iPhoneを取り出し、何やらメモしていた。

彼は暫くして職場でそれを試したらしく、「患者さんにとても好評だった」と報告してくれた。今まで手拭いで目を覆っていたよりスマートだし、医者的にも患者の視線を気にしなくなったという。

些細な事だが、やはり若い人は頭が柔らかいから新しい事に寛容だ。AIやロボットの進化で、世の中は物凄いスピードで変わっている。政治も経営もそうだが、どんどん若い人に任せた方がいい。そんな事を感じた一コマだった。

Wednesday, 1 April 2026

ジンダイアケボノが咲く頃

 今年もサクラの季節がやってきた。この週末は天気も良かったのでお花見日和だった。我が家も恒例の花見を楽しんだ。酒屋で冷えたビールを取り寄せ、料理は近所の奥さんたちが作ってくれた。夕方になると、一斗缶に焚き木で暖を取る。夜まで時間も忘れて延々と続いたので飲み過ぎてしまったが・・・。

日本人は本当に桜が好きである。四季の移り変わりに敏感な国民性から来るのだろう。桜を見ていると、生きている実感が湧いてくる。「散る桜、残る桜も散る桜」の刹那さも好きだ。散るのに美しく感じるのは、詫び錆びの文化である。


ただ何年か前から、その代表的なソメイヨシノが枯れ始めている。昨日も井の頭公園に行ってみたが、昔に比べてスカスカになっていた。そう言えば「ワシントンのポトマック河の桜も枯れ始めた」とTVで言っていた。

我が家の桜も、数年前に一本が枯れてしまった。1mの幹だけは何とか残ったが、今年思い切って新しい桜に植え替えた。樹木医に聞くと「ジンダイアケボノがいい!」というので、植木屋に頼んで小さな苗を植えて貰った。

ソメイヨシノに比べて少しピンク色が強い。まだ2cm程の小さな苗木に一輪付いていた。20〜30年すればこれも立派な木になるだろう。でももうその頃には、私はこの世にいないかも知れない。

それでもその咲き誇る光景を思い浮かべると、楽しみな気分になってくる。樹木医が「動物には寿命があるが、樹木は手を掛ければ永遠に生き続けます」と言っていたのと、何か関係する気がする。