Sunday 10 December 2017

小津安二郎と小田原

世代は違うが、小津安二郎のファンである。白黒のノスタルジーもあるが、一呼吸置いた人の会話に深みを感じるからだ。代表作の「東京物語」や婚期を過ぎた娘を嫁がせる「晩春」はいい作品だ。特に笠智衆の父親役がはまり役で品がある。そんな小津監督が大船撮影所で仕事を終えて通ったのが小田原だった。

小津には小田原に好みの芸者が居たという。2人が会っていたのが老舗料亭の「清風楼」だった。今でも立派な佇まいで、文久2年創業というから150年の歴史がある。女将の話によると、当時映画の主人公だった原節子が小津に好意を寄せていたという。結局、小津も原節子も独身のまま終えたが、それには小田原の芸者も一役買っていたのだろうか?その清風楼が佇みのが宝小路である。当時は遊郭が立ち並ぶ盛況な一角だったらしいが、今ではさびれたバーが残る寂しい町であった。その夜も客は鰻を頼む老男女だけだった。夜の9時を廻る事には一人になり、早く店仕舞いしたい老夫婦に急かされるように店を後にした。

小田原の町は終戦の日8月15日に空襲があった。熊谷を爆撃した米軍機が、帰途の途中残った爆弾を処理する序で落として行った。その一撃で古い町並みが焼けてしまった。何とも不運な運命だったが、それが無ければもっと風情も人も残ったかも知れない。小津の人生と重ねた一夜であった。

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