Sunday 4 July 2021

ベアリングの倒産

佐藤優の「国家の罠」という本がある。鈴木宗男の外務省事件を巡り、検察の取り調べを事細かに綴った一冊だったが、その正確な記憶力に感心した。静かな独房だと記憶が研ぎ澄まされるのだろうか、有名なヒットラーの「我が闘争」始め、セルバンテスの「ドンキホーテ」や古くはマルコポーロの「東方見聞録」もやはり獄中で執筆されたという。

金融事件を扱った「私がベアリング銀行をつぶした(原題:Rouge Trader)」も獄中で書かれた本だった。著者は犯人のニック・リーソンである。その道の人なら忘れもしない名前である彼はシンガポールのトレーダーで、一人で8億ポンドの損失を出し200年以上続いた名門のマーチャントバンクを倒産に導いた男である。改めて本を読でみると、その手口や巨大なロスが生まれた経緯が良く分かる。一つは架空取引口座を作りロスを隠した事だ。その架空取引口座が無ければロスはここまで膨らまなかった。口座番号が88888と言っていたが、8はシンガポールの華僑が好む縁起のいい番号なのに裏目に出た。2つ目は日本のバブル崩壊後の長期的な下げ局面で買いを続けた事だった。特に倒産した1995年は、阪神淡路大震災で下げ幅が大きくなった時期に重なった。3つ目は監査の甘さである。何度も救済のチャンスがあったのに、内外の監査人はそれに気が付いても騙された。 

捕まったニック・リーソンはその後どうしているかと思っていたら、6年の刑期を終えてからアイルランドのフットボールチームのCEOになったというから驚いた。被害者が大勢いる中でよく陽が当たる人生を送れると不思議に思えた。ただベアリングは仮にこの事件がなくても、他のマーチャントバンク同様いずれはインベストメントバンクに吸収されていただろう。損失は当時の為替レートで1600億円で、日本の銀行の資本金が軽く兆円を超える規模からすると小さな資本金だったからだ。そんなその後の流れが、世間をして彼を許容したのかも知れない。

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