Saturday, 12 September 2026

遠山の金さんの時代

長英末期の物語は、色々思う処が多った。その一つが逮捕の切っ掛けである。探索に業を煮やした奉行は、彼を知る囚人を仮釈放して探させた。顔を変えて潜伏していた長英だったが、彼の発した「お頭!」の一言に反応してしまった。教訓としては、「怪しい処で知り合った人には、特に用心が要る」である。

二つ目は江戸の戒律である。彼は死亡の後に斬首され、乞食に運ばせた遺体は鳥葬に伏された。家族や支援者も連座させられた。中でも心を打たれたのが12歳の娘であった。遊郭に売られ、その遊郭も江戸の大火災に遭った。たった170年前だが、人々は死と隣り合わせ住んでいた。

三つ目がその逮捕に至った経緯である。南奉行の鳥居耀蔵という男が開国派を粛清し、長英もその巻き沿いを食った。北奉行の「遠山の金さん」こと金四郎が庶民の味方なら、鳥居は反対に悪代官だった。ただその鳥居も上が代わると失脚し最後は軟禁された。結果論だが、長英は脱獄せずに待っていたら自由を得られたかも知れない。

四つ目は岡っ引きである。江戸時代は今と違って防犯カメラがある訳ではない。その代わりに全国津々浦々まで、逃亡犯の似顔絵は行き渡っていた。その情報提供を行うのが岡っ引きであった。普段は普通の生活をしているから、ひと昔前なら忍者である。江戸はこうした密告で治安が保たれていた。

最後は寿命の話である。長英の逃亡は江戸から直江津を経て福島、米沢と続き、又江戸に戻り四国の宇和島を往復した。船も使ったがその殆どが徒歩だった。その距離にはビックリするが、街道は山道だから野宿もするし食べ物にも窮しただろう。肖像画を見る限り、彼は殆ど老人だが御年46歳だった。あんな生活をしていれば、寿命が短かかったのは当然だ。

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