書棚の本を整理していると、フランス関連の本が何冊か出てきた。最近の人が書いたパリ紀行はどれも女性っぽくて肌に合わない。一方ひと昔の、それも一握りのエリートの世界は希少で奥深い。
その一つが益田義信の「さよなら巴里」である。彼は三井物産の創始者、益田孝を祖父に持つ御曹司であった。父親も千代田火災、台湾精糖の経済人、男爵である。ただ当の本人は画家で、バロン薩摩のようにパリで遊んだ浪費家だった(ようだ)。
中でもモンパルナスのキャフェ、クーポールでの交友関係は、画家のフジタも出てきたり華やかだった。確かに当時のパリは世界から逃げてきた芸術家が沢山いて、モジリアニはイタリア人、シャガールはロシア人、ピカソはスペイン人、キリコはギリシャ人・・・。ヌイイに住んでいた福島繁太郎が、早い頃からルオーを見出す件も面白い。
もう一つは河盛好藏の「巴里好日」である。彼は昭和初期に京大を出て渡仏したフランス文学者であった。日本からまだ観光で行くような時代ではなかったにも拘わらず、エンジニア、ピアノ、大蔵省、数学者など、国費で渡った英才が集っていたのに驚かされる。
興味深かったのは、彼が頼ったのが在仏日本大使館に勤務するエリセーエフだった。エリセーエフは東大に留学した初のロシア人で、倉田保雄氏の「エリセーエフの生涯」で知っていた。
また河盛氏が66歳の時に懐かしのパリに戻ると、渡辺一夫夫妻が空港に迎えにきた話があった。渡辺氏はフランス文学界の大御所だが、個人的なご縁があって確かにあの頃パリに住んでおられたのを思い出した。
河盛氏は晩年、日本の大学でフランス語を教えて生活費に充てていた。崇高な学者は「去勢されたようだった」と語っていたが、パリと帰国後の世界の落差は分かるような気がした。
処で益田氏の本の中に、機内で出会った画家の宮本三郎氏の話が出てきた。世田谷博物館に彼の作品が展示されているというので、今度行ってみようと思っている。





