Sunday, 20 September 2026

古き良きパリの日本人

 書棚の本を整理していると、フランス関連の本が何冊か出てきた。最近の人が書いたパリ紀行はどれも女性っぽくて肌に合わない。一方ひと昔の、それも一握りのエリートの世界は希少で奥深い。


その一つが益田義信の「さよなら巴里」である。彼は三井物産の創始者、益田孝を祖父に持つ御曹司であった。父親も千代田火災、台湾精糖の経済人、男爵である。ただ当の本人は画家で、バロン薩摩のようにパリで遊んだ浪費家だった(ようだ)。

中でもモンパルナスのキャフェ、クーポールでの交友関係は、画家のフジタも出てきたり華やかだった。確かに当時のパリは世界から逃げてきた芸術家が沢山いて、モジリアニはイタリア人、シャガールはロシア人、ピカソはスペイン人、キリコはギリシャ人・・・。ヌイイに住んでいた福島繁太郎が、早い頃からルオーを見出す件も面白い。

もう一つは河盛好藏の「巴里好日」である。彼は昭和初期に京大を出て渡仏したフランス文学者であった。日本からまだ観光で行くような時代ではなかったにも拘わらず、エンジニア、ピアノ、大蔵省、数学者など、国費で渡った英才が集っていたのに驚かされる。

興味深かったのは、彼が頼ったのが在仏日本大使館に勤務するエリセーエフだった。エリセーエフは東大に留学した初のロシア人で、倉田保雄氏の「エリセーエフの生涯」で知っていた。

また河盛氏が66歳の時に懐かしのパリに戻ると、渡辺一夫夫妻が空港に迎えにきた話があった。渡辺氏はフランス文学界の大御所だが、個人的なご縁があって確かにあの頃パリに住んでおられたのを思い出した。

河盛氏は晩年、日本の大学でフランス語を教えて生活費に充てていた。崇高な学者は「去勢されたようだった」と語っていたが、パリと帰国後の世界の落差は分かるような気がした。

処で益田氏の本の中に、機内で出会った画家の宮本三郎氏の話が出てきた。世田谷博物館に彼の作品が展示されているというので、今度行ってみようと思っている。

Saturday, 19 September 2026

タイのロレンス

 先日、久しぶりにタイ料理を食べに行った。必ずしも好きと言う訳ではないが、日頃のマンネリ化した食生活にはちょっとした刺激だった。

タイ料理はココナッツミルクの甘さと唐辛子の辛さ、それにパクチが微妙なバランスで混ざり合っている。それは暑い処で口にするとよく分かるのだが、不思議と食欲を誘うのである。

タイには80年代の頃、仕事で良く行った。2~3か月おきに通っただろうか、蒸し暑い国だったので着ていた服が直ぐにダメになった。そこで現地の人が着ている開襟の上下に替えることにした。

たまたまホテルの前に洋服屋があったので、サイズを測ると翌朝には出来上がっていた。色は白だった。当時、英語の勉強と称して「アラビアのロレンス」のVHSに凝っていた頃だった。その影響もあり、アタッシュケースを持つとタイのロレンスになった気分になった。

仕事が終わると、夕方から仲間とよくゴルフに出掛けた。一日中冷房の部屋で過ごしているから、どうしても汗をかきたくなる。当時は雇用の為と称して、キャディーを一人3~4人付けるのが習わしだった。一人はバックを担ぐ女、一人は日傘を持つ女、一人はボールを探す女と、だから一組4人で廻ると10数人の大集団になった。正に王様ゴルフだった。

終わってから繰り出すのが、パッポン、タニヤの飲食街である。如何わしい店も多かったが、若かったので良く飲んだ。「タイは微笑の国」と言われる。正にそれを実感する場所でもあったり、やはり同じ儒教国は日本人のセンチメントに合っていた。

タイは、アジアの中で唯一植民地化されなかった国でもある。その訳は寛容で強かな国民性からきている。その例が新国王だろう。随分前に敬愛されていたプミポン国王が亡くなった。それを継いだのが長男だったが、彼は若い頃から女優を連れ廻すプレーボーイで、コロナ渦でも海外に逃避する問題児だった。それでも何とか君臨しているのは、その辺の国民性かと思っている。

ともあれ、当時の為替レートは1バーツが2円の時代だった。2時間マッサージしても800円だった。今では5円近くになっている。円高で日本から進出した企業も多く、威張り散らす日本人も多かった。そんな頃を思い出した。

Wednesday, 16 September 2026

天狗の男から去る女

 最近のAIはよく出来ている。ChatGPTに「XXに行くけど美味しいものある?」とか「XXの解説書は何がいい?」とか聞くと、それなりの答えが返ってくる。便利なので一日に何回も使っている。

考えればそこは、ひと昔前なら何時間あるいは何日もかけて辿り着いた世界である。それがボタン一つで瞬時に出てくる。登山に例えるなら、歩き始めた途端に山頂を極めるようなものだ。「こんな楽していいんだろうか?」と素朴な疑問が頭を過っている。

AIが進化すると「人間がAIにコントロールされる」とよく囁かれる。そんな心配は今に始まった事ではない。その象徴が60年代に上映された「2001年宇宙の旅」だろう。宇宙船に搭載したHALという人工知能が、宇宙飛行士を支配する話だった。原作のアーサー・クラークの直感が今の現実になっている。

思えば暫く前に、友人のA君がソニーのアイボを飼って居た頃が懐かしい。彼はマンションで動物を飼えないから、何十万円も出して新型のロボット犬を買った。「そんなの飽きるだろ!」という周囲の冷やかしを尻目に、毎年進化するアイボは本物の動物のようになっていった。

そんな頃はまだ良かった。最近の中国の人型ロボットは異常である。誰もが懸念するのが、それにAI頭脳が搭載された時である。唯でさえも共産主義は男女、経済格差のないフラットな社会を目指している。意思のないロボットはそれにピッタリだから、ロボット人民が生まれるのを恐れる。

でもAIの進化には楽観している。なぜなら人間には生存本能があるからである。人は間違っている方向に進んでいると察すると、揺り戻す動物的な本能が働く。例えばキューバ危機の米ソだったり、民主党政権から復権した自民党だったり、将又天狗になった男から去っていく女もそうかも知れない

パレートの法則の2:8に例えれば、20%の理性が80%の打算を抑えるのである。最終的に見えざる手によって、社会は自ずとあるべき姿に収れんする。尤もそこまで行き付くまでの紆余曲折があるだろうが・・・。

Saturday, 12 September 2026

遠山の金さんの時代

長英末期の物語は、色々思う処が多った。その一つが逮捕の切っ掛けである。探索に業を煮やした奉行は、彼を知る囚人を仮釈放して探させた。顔を変えて潜伏していた長英だったが、彼の発した「お頭!」の一言に反応してしまった。教訓としては、「怪しい処で知り合った人には、特に用心が要る」である。

二つ目は江戸の戒律である。彼は死亡の後に斬首され、乞食に運ばせた遺体は鳥葬に伏された。家族や支援者も連座させられた。中でも心を打たれたのが12歳の娘であった。遊郭に売られ、その遊郭も江戸の大火災に遭った。たった170年前だが、人々は死と隣り合わせ住んでいた。

三つ目がその逮捕に至った経緯である。南奉行の鳥居耀蔵という男が開国派を粛清し、長英もその巻き沿いを食った。北奉行の「遠山の金さん」こと金四郎が庶民の味方なら、鳥居は反対に悪代官だった。ただその鳥居も上が代わると失脚し最後は軟禁された。結果論だが、長英は脱獄せずに待っていたら自由を得られたかも知れない。

四つ目は岡っ引きである。江戸時代は今と違って防犯カメラがある訳ではない。その代わりに全国津々浦々まで、逃亡犯の似顔絵は行き渡っていた。その情報提供を行うのが岡っ引きであった。普段は普通の生活をしているから、ひと昔前なら忍者である。江戸はこうした密告で治安が保たれていた。

最後は寿命の話である。長英の逃亡は江戸から直江津を経て福島、米沢と続き、又江戸に戻り四国の宇和島を往復した。船も使ったがその殆どが徒歩だった。その距離にはビックリするが、街道は山道だから野宿もするし食べ物にも窮しただろう。肖像画を見る限り、彼は殆ど老人だが御年46歳だった。あんな生活をしていれば、寿命が短かかったのは当然だ。

Friday, 11 September 2026

高野長英と八ッ場ダム

吉村昭の「長英逃亡」を読んでいると、今でも身近に逃亡経路が残っている事が分かった。その一つが群馬県の中之条市の沢渡だった。雨で道路が心配されたが、早速行ってみることにした。

長英こと高野長英は江戸末期の蘭学者である。鎖国の批判本を書いた罪で投獄されるのだが、6年後に脱走に成功する。目指すは故郷の水沢(今の岩手県)だった。ただ追手の目もあったので、群馬や越後を迂回する事にした。その時通った一つが、嘗ての蘭学仲間がいた中之条の沢渡であった。


沢渡は鄙びた温泉町である。20年ほど間に一度訪れたが、殆ど変わってなかった。早速共同浴場でひと風呂浴び、馬鈴薯が入っているという長英蕎麦を味わった。蕎麦屋の裏手に高橋景作の墓碑があったので手を合わせた。彼は長英を匿った蘭学仲間の医者だった。

もしもその事が分かれば命は危ないし、家族も巻き添えになる。それを承知の上で、全国に散らばる多くの蘭学ネットワーク有志が彼を助けた。長英の人望も沙流ことながら、改めてその志の高さや鎖国への危機感が伝わってきた。

久しぶりに訪れた吾妻渓谷であった。八ッ場ダムが完成して立派な道路が出来ていた。巨大なダムは不便な地形を一変させ、水上バスも走る観光地になっていた。

思い出したのは、民主党の前原さんだった。彼は国交大臣になるとダムの差し止めを叫んだ。そのせいで工事が2年遅れたようだが、何故そんな事を言い出したのだろうか?今どう思っているのか、聞いてみたくなった。

Monday, 7 September 2026

子供時代の暗い過去

 東野圭吾の「悪意」は、名を馳せた作家を成功しなかった作家が殺す話である。二人は子供の頃からの知り合いであった。加害者の動機は、その子供時代の悪事を知る同僚の抹殺であった。その動機を隠すために、別のシナリオを組み立てて殺すといった、込み入ったストーリーであった。話としては面白いかも知れないが、捕まる事を前提に犯罪を犯す人なんていない。


この手の代表作は、何と言っても松本清張の「砂の器」だろう。物語は大成した音楽家の処に、自身を育ててくれた恩人との再会から始まる。しかし彼にとっては、今の輝かしい経歴に暗い過去は似合わないし、ましてそれを一から知る人は邪魔である。そこで殺人まで犯してしまうが、刑事が二人の繋がりを発見する件が面白い。

確かに都合の悪い過去を、他人が覚えているのは気持ちいいものではない。特にその人が大成し、社会的な地位を築けば築くほど、それは恐怖へと変わっていく。

まだ小学校に入るか入らないかの頃だった。よく家に子供たちが遊びに来た。ただ彼らが帰ると、引き出しに仕舞っておいたチョコレートがなくなっていた。それは何度か続き、そのうち犯人はK君だと分かった。

もしもそのK君が大人になって代議士か大会社の社長さんになって再会したらどうだろう?殺されることはないだろうが、訳もなく疎遠にされるのは容易に想像できる。

Sunday, 6 September 2026

富士山の女医さん

 TVを観ていたら、富士山の診療所の特集をやっていた。八合目にある無料診療所で、高山病などで多くの登山者が訪れていた。それをヒマラヤ登山の経験もある女医さんが対応していた。

彼女は急変を訴える患者に対し、「下山を勧めるのは簡単だが、何とか山頂を目指す気持ちに寄り添う」と言っていた。その前向きな治療は、同じクライマーだから分かる事かも知れないが、とても頼もしい医者だった。

登山者の多くはインバウンドで来る外国人である。昔新宿を歩いていると、外人から「登山用具を売っている店を知らないか?」と聞かれた。その人はやはり富士山に登るそうで、来日してから準備に入ったようだ。

そんな人たちが、八合目まで来て引き返すのは余程の無念だろう。大怪我をしたり、体力が消耗して担架で運ばれる人なら仕方ない。でも多少の頭痛だったら、我慢して頂上を目指すのは理に叶っている。そんな気持ちを察して、登はんを後押しする人の存在は大きい。

尤も引き返すのが理に叶っている事がもある。それは道を間違えた時である。来た道を戻るのは、下山して又昇るから体力を2倍使うことになる。だから誰もが躊躇するのだが、その勇気が事故を防ぐきっかけになる。

山登りは最近すっかりご無沙汰してしまった。このままだと富士山にもご縁のないまま終わってしまいそうだ。

Wednesday, 2 September 2026

東野圭吾にチャレンジ

 暫く前に東野圭吾さんが亡くなった。若い人なら誰もがファンの人気作家だった。売り上げだけでも、一億冊を超えているというから驚きである。

ただ最近の作家は軽くて薄い先入観がある。「どうせ読んでもガッカリするのがオチだろう!」と思っているから手にしない。でも世間の評価も気になったので、これを契機に片っ端から読み始めた。やはりその感はいがめない。

「容疑者Xの献身」は数学教師の偽装殺人である。好きな女の為に身代わりになる話で、事件後に第二の本当の殺人まで犯してしまう。直木賞も取った作品らしいが、普通なら女が事件を犯した時点で自首を勧めるのが定石だと思った。

「秘密」もそうだ。交通事故で亡くなった妻が生き残った娘の中に宿り、成人するまで夫と3人で生活する物語である。心温まる話だったが、やがて事故を起こした運転手の妻やその息子との交友が始まる。スウェーデンシンドロームではないが、被害者が加害者遺族に寄り添うなんてあるのだろうか?

「ダイイングアイ(Dying Eye)」は交通事故を起こしたひき逃げ犯二人が、カネと社会的地位と交換に身代わり犯になる話である。最後は死んだ被害者の怨念で事件は明るみに出るのだが、普通は警察の実況見分や事情聴取の過程でバレそうなものである。

「夜明けの街で」は中年男が不倫する話である。中年の妻子持ちが女にアプローチされれば、「変だな?」と思うのが常である。それをズルズルと利用され、女の事件のわき役に使われる。結局他殺でなく自殺だったり、中年女が自身にナイフで突き刺すなんて出来るのだろうか?

「変身」は脳移植された男が、ドナーの性格に変身して行く話である。その過程で殺人までしてしまうのだが、これはジェイソン・ボーンからヒントを得たのだろうか?

ただ「悪意」は良かった。有名作家になった男が、やはり作家の元同級生に殺害される事件である。加害者はその犯行の筋書きを作るのだが、それは本当の動機を隠すためであった。彼は中学時代に不良仲間に入って悪行を働いた心の闇があった。その闇を消すのは分かるが、果たして他人まで消す動機になるのだろうか?

「探偵ガリレオ」シリーズもあった。殺人はプラズマ、衝動波、超音波、ナトリウム、ネオジウム磁石など、理科系のトリックで行われる。福山正治のドラマは面白いかも知れないが、そんな専門知識を使えばすぐにバレそうなものである。

こんなケチばかり付けていると若い人に嫌われる。それを承知でもう少し頑張ってみたい。ここまでやっと10冊ちょっと、全部で100冊もあるというので先は長い。