Friday, 6 March 2026

清潔な日本のトイレ

オーストラリアの人と話していると、日本に行った人の多さに驚く。「先週スキーに行って来た!」とか「来週から大阪に食べに行く!」とか、訪日の国別ランキングでも7位に入っている。勿論数の上では韓国や中国の比ではないが、年間100万人にも上る。

その人達が口を揃えて言うのが、「日本は清潔で安全な国だ」である。特に掃除の行き届いた街並みに感心するようで、中でも公衆トイレの清潔さはウォシュレット効果もあって好評である。

それを物語るのが、映画「パーフェクト・デイズ」である。役所広司演じる都のトイレ清掃員の話である。実はこの作品もネットフリックスで観たというオーストラリア人から聞いて知った。最初は「えっ?トイレ掃除の映画?」と訝ったが、日本が大きな信頼を得ている源泉と分かってから気持ちが変わった。

日本人の清潔好きは今に始まった事ではない。昔読んだ「ペリー提督、日本遠征記」にも、インド洋から中国を経て琉球に入った時の印象が綴られていた。ペリーは「琉球ほど清潔な国を見た事がない。一片のゴミや塵を見る事もなく、中国のあらゆる都市の汚さとは非常に異なっている」と語っていた。

日本の良さを外国の人に教えられ、初めて気付く事は多い。浮世絵やミシュランの高尾山などがいい例だが、今回も自慢できるものが一つ増えた。

Sunday, 1 March 2026

子供のメンタルヘルス

Op shopの多さと共に、目に付いたのがメンタルヘルスであった。最初は「病んでいる人が多いのかな?」位に思ったが、そう言えば以前お世話になったブリスベンの家にも、カウンセラーが来ていたのを思い出した。

そのお宅は郊外に建つ一軒家で、英国から渡って来た50歳代のご主人と奥さん、そして一人息子の3人暮らしだった。ご主人は三回目の結婚で、前の奥さんとの間に生まれた子供も成人し、やはりブリスベンに住んでいた。奥さんも2度目の結婚、その子は前夫との間に生まれた子供だった。

ただ男の子は一日中家にいて、曲にならないバイオリンを弾いていた。何か変だなと思ったが、暫くして不登校だと分かった。週末になるとカウンセラーがやって来て、3人で何やら話し合っていたのが印象的だった。

帰国して調べてみたら、16〜24歳のZ世代と呼ばれる若者の4人に1人は精神疾患を持っている事が分かった。また2人に1人は潜在的なトラウマ体験を持っているいう。コロナの影響や学校のイジメもあるが、原因は親の経済状況、中でも住宅ローンの不安が断トツだった。

例えばこの国の平均所得10万ドルの人が、100万ドルの家を買ったとする。ローンを8掛けの80万ドルで組むと、オーストラリアの金利は7%と高いので、毎年の金利負担だけで5.6万ドルにもなる。つまり年収の50%以上が利払いになり、さらにそれに元本が加わるのであった。滞在中も金利が上がるニュースで大騒ぎになった理由も頷けた。


年々増え続ける人口に不動産の供給が追い付かない。だから価格は上がる一方で、元々リバレッジの高いお国柄もあり、困窮の構図が見えて来た。親が生活費に困ると家庭内の雰囲気も悪くなる。子供のメンタルヘルス費にも影響し、益々悪循環に入って行くのであった。

もう一つの不安に気候変動による環境問題がある。オーストラリアらしい話だが、昨今の日常化する森林火災や洪水は正に生存に直結していた。それを子供は敏感に感じていた。

そして万国共通のSNSが煽る不安もある。昨年末から16歳未満の子供のSNS利用が禁止された。世界初であるが、その背景にはSNSで子供が自殺した親の強い働きかけもあった。そうは言っても、ゴルフで一緒に廻った親子の15歳の少年は、ショットする時以外ずっとスマホを見ていた。お父さんに「禁止されたんじゃないの?」と聞くと、「ソシアルメディアはね」とまだまだ改善の余地は多いようだ。

その他地元のゴルフ倶楽部ハウスでは、認知症の人たちのケアー活動が行われていたし、ビーチを歩けばスタッフが付き添う精神患者もいたし、全豪オープンのショップも患者らしき人が訓練を兼ねて売り子をしていたり・・・、一見明るくて豊かに見えても、実は色々悩み事も多いのだった。

Friday, 27 February 2026

Op shop

オーストラリアの町で目に付くのが、Op Shopと呼ばれるリサイクルショップである。今回宿泊した1万人程度の町でも、10軒以上はあっただろうか、OpはOppotunity の略である。

お店には衣服や食器から家具・装飾品・本などの生活品を綺麗に並べて置いてあった。ただ係の人も何となく素人ぽい。後で分かったのだが、これは赤十字などの慈善団体が運営している慈善事業の一つで、多くの人はボランティアだった。

人々は家庭で要らなくなったモノを寄付し、それを販売する事で恵まれない人々の支援金にしているのであった。如何にもキリスト教の国らしく、その互助精神には感心させられた。

年末の大掃除で、長年使っていなかった衣服を処分した事がある。高く売れると思っていた皮のジャケットやオーバーなども、結局は二束三文で、駐車代や待ち時間のレストラン代などで相殺されてしまった。もっと清く人の為に使っている人達を見て、思う処があった。

Thursday, 26 February 2026

ペンギンプロジェクト

 メルボルンの観光名所に、フィリップ島のペンギンパレードがある。同市を訪れた人なら誰しも一度は行く場所と聞き、話の種に行ってみた。

日没を過ぎると、沖からペンギンが浜に上がって巣に帰る。そのパレード見物だが、もの凄い数の観光客(中でも断トツは中国人)に圧倒された。夏とは言っても夕方になると急激に気温が下がり風も強くなる。そして寒さに震えて待つ事2時間、やっと暗闇にペンギンが現れた。

そのペンギンだが、メルボルンから350km程離れたWarrnambool という海沿いの町で面白い話を聞いた。それは沖に浮かぶ島のペンギンプロジェクトの話だった。

その島では2000年当時、500頭を超えるリトルペンギンが生息していた。ところが狐が雛を襲い始めると、2005年にはたった10頭に減ってしまった。

そこで地元の鳥農家の人が、ニワトリを守るために飼っていた犬をペンギンの見守りに使ってみた。すると狐は来なくなり、今では180頭程に回復したという。

犬の犬種はマレンマ・シープドック(Maremma Sheepdog)、ゴールデンレトリバーに似て優しい感じがする家畜護身犬である。今でも訓練を重ねた数頭でペンギンを守っているという。市の観光局には犬の縫いぐるみを土産物として売っていた。如何にもオーストラリアらしい心温まる話であった。

余談だが、偶然この話を知ったのも、隣町のPort Fairy Golf Linksに行ったからである。美しい海岸沿いのゴルフコースは100年以上の歴史があり、全豪ベスト50にも選ばれる名門であった。平日だというのに多くのゴルファーが来ていて、それは忘れられない体験になった。

Wednesday, 25 February 2026

明るいオーストラリアの人々

インバウンドで来日の外国人で、この寒いのにTシャツ姿で歩いている人がいる。思わず「馬鹿じゃない!」と目を疑うが、彼らは100%オーストラリアの人である。夏の南半球からやって来たので、まだ体が温かいのだろう。そんな彼らと接する内に、その実態が段々分かってきた。


1)性格

 とても気さくである。ゴルフ場やビーチで擦れ違い際に目が合うと、誰でも必ずニコッと挨拶する。「グッダイ!」、最初はどういう意味かと思ったが、暫くしてGood dayの短縮形「G'day!」だと知った。

見知らぬ他人でも、昔から知り会いだったかのように話し始める。最初は戸惑うが、慣れて来ると気楽でいい。

此方の英語が多少聞き取れなくても、辛抱強く聞き取ろうと努める。様々な移民英語に慣れているせいだろうか?一方でAussie Englishも何を言っているのかよく分からない。eをアイと発音したり先の短縮系が多いからだ。町の名前のPortsea をポッチーと発音され、分かるはずもなかった。

2)食の感覚

食は総じて薄口を好む。ステーキも塩だけで食べるし、チーズもタスマニアに代表されるようにコクがない。酒屋の主人が言っていたが、「日本のウィスキーは強すぎる」という。来日の人が食べるラーメンも、実はスープが濃いのかも知れない。

それにしても外食は不味くて単調である。味に無頓着なのは英国の血を惹いているからだろう。何処に行ってもマックやFish&Chipsばかりで、よく飽きないと未だに不思議である。

以前泊まった家にリバプールから移って来た50代の主人がいた。奥さんも共働きだったので平日は自分で作っていたが、その食はビックリする程質素だったのを思い出す。

3)住居と家具

住居は平屋建ての一軒家で羨ましい限りである。どこも比較的新しく、広いリビングに隣接するキッチンにはバーのカウンターが付いている。

価格が気になったので不動産屋を覗いて見てみると、メルボルン郊外でも優に100万ドル(1億1000万円)以上していた。一方で個人の借り入れもほぼ同額程度あるというので、実態はかなり深刻なようだ。Airbnbで貸し出す宿が多いのもそのせいかも知れない。

そんな部屋を飾る家具は殆ど輸入物(中国製)である。大きなショッピング店に入る家具店は、スペインの時もそうだったが95%以上は中国製、中国が潤う訳である。

4)車

広い国に欠かせないのが車である。車は100%輸入、その6割が日本製である。中でもトヨタが目立つ。自国では作らずに鉱物資源を輸出して得たカネで買っている。

5)国民性

滞在期間中、ミラノの冬季オリンピックをやっていた。オーストラリアはモーグルスキーやスノボーで3つの金メダルを取った。TVでは何度もその映像を流していたが、自国選手への応援は万国共通であった。彼らの喜び表現は(全豪オープンの時もそうだったが)、桁違いに爆発する。

1月26日はAustralia Dayであった。恒例の式典の中継を見ていると、相変わらず強い愛国心が伝わってきた。今年で入植238年目である。英国やアイルランドの流刑地としてスタートしたので、国民の4人に1人は受刑者の血を継いでいる。長い航海を経て罪は浄化され、第二の人生が始まり今に至っている。第二の国歌と言われるワルティング・マチルダがそれを物語っている。

メルボルン湾の入り口に、当時の移民が疫病で隔離された場所あった。そこは長い航海で亡くなった人の埋葬地でもあった。そんな過酷な過去を乗り越え、厳しい自然の中で只管に前だけを見て生きてきた。オーストラリアの人が明るいのは、そんな歴史に由来する気がした。

Tuesday, 24 February 2026

オーストラリアのゴルフ事情(下)

 5)プレースタイル

ゴルファーの4人に3人はカートを使う。カートも1人一台だから贅沢この上ない。倶楽部に自分専用のカートを置いておく倉庫もある。私は運動の為と称して歩いているが・・。

ゴルフの腕前は総じて下手な人が多い。子供なら何処でも5ドルで回れる気軽さから来るのかも知れないが、その点は日本人の方が上である。シャツは上から出して、よっぽどいい倶楽部に行かない限り、服装はいい加減である。

意外かも知れないが、殆ど男女は別々に回っている。特にコンペなどは男性しかいない。家庭を大事にするAussie husbandだが、この時だけは伸び伸びするのだろう。


6)19番ホール

18ホールが終わって辿り着くビールの味は格別である。昔はよくワンパイントを頼んでいたが、Aleなど度数が強いのを飲むと帰りの運転がきついので、最近では半分にしている。ゴルフ場にはアルコールの自己検査機を備えている処もあるから、事故も多いのかも知れない。

ビール一本でワイワイガヤガヤ、プレー後の皆さんは本当にいい顔している。

7)Links とRidge

Linksと呼ぶコースがある。海沿いの砂地に作った天然のゴルフ場である。新しく開発される事がないから、100年以上の古いコースが多い。代表的なのはスコットランドのセントアンドリュースであろうが、メルボルン近郊にも多かった。

強い横殴りの海風で、真っ直ぐ飛んだボールが途中から直角に曲がってしまう。向かい風はドライバーで打っても100y以下、逆に追い風ならピッチングでも150yは飛ぶ。これを覚えると風が味方になる。

もう一つは Ridgeである。兎ねって起伏があるコースを指す。前の組が見えな処があるので気を付けなくてはいけない。傾斜がきついと真ん中を狙っても転がり落ちるので、山側を狙うのが定石だ。

8)距離表示

オーストラリアの距離はメートル表示である。本場英国がヤードなのに何故なのだろう。日本のヤードに慣れているかせいか、将又日差しが強いので思ったより近く見えるせいか、何度やっても寄せがどうしてもショートする。

9)日本との違い

彼方から見る日本のゴルフ場は、変に厳格でゴージャスである。受付のユニフォーム姿や立派なロッカーと風呂、そして何より未だに残るジャケット着用や豪華な食事文化など。恐らく企業の接待文化の名残なのだろうが、そろそろ変わってもいい頃だと思っている。

オーストラリアのゴルフ事情(上)

ここ数年、冬になると温かいオーストラリアで過ごしている。やるのは只管ゴルフである。もうかれこれ90ラウンド程になるだろうか?今年はメルボルン近郊にした。ただ宿は都心だと騒々しいから、今回は80㎞程離れた湘南のような海沿いの町にした。これが大正解で、小さなビーチ沿いの田舎町は快適だった。

メルボルンはオーストラリア第二の都市である。ゴルフ場の数は人口に比例するのでコースも沢山あった。数千人の町にも必ず一つあるから、とても1カ月で廻り切れる数ではない。以下、そのゴルフ事情を2回に分けて紹介したい。


1)ゴルフ場の種類

大きく分けて2つある。一つはGolf Clubと称する文字通りの倶楽部、結婚式も出来るレストランを有する町の集会場である。勿論メンバー制だが、ビジターも空いていればプレーする事が出来る。料金はPGAも開催される本格コースになると100〜200ドルするが、一般的には40〜70ドル程度である。

もう一つはGolf Courseである。倶楽部ではないからレストランはなく、ビールもタップ式でなく冷蔵庫から出した缶や瓶になる。パブリックは殆どこれに該当する。料金は40〜55ドル程度、ドレスコードもないからTシャツでやっている人もいる。


2)予約の方法

倶楽部の探し方はグーグルマップでGolf courseを選択し、倶楽部のWeb siteから登録・予約する。ただ平日のだと結構空いているので、ぶらっと行っても大丈夫である。着いてから前が空いていればいつでもスタートさせてくれる。

3)スタートの前に

オーストラリアのゴルフ場に着くと、まずPro shopと称する店で支払いを済ませる。大体おじさんが一人でやっている。あとはカートを片付けるアルバイトやレストランの女性ぐらいで、殆ど人件費が掛かっていないのが分かる。

受付で聞かれるのは「H18かH9か?カートか歩きか?」の二つである。歩きだとバギーを借りる。大体5ドル程度だが、何度もやる内に自分用を買った。そのバギーだが、Pull buggy と呼んでいたらPush buggyと呼ぶ人もいた。ノコギリもそうだが、彼らは押す力が強い。確かにバギーは押している人が多い。

4)プレーの注意事項

特にない。どこでも至って寛容である。「Enjoy!」と良く言われるが、兎に角ゴルフは楽しむ事が大事なようだ。例えば打ち込まれても、目くじら立てて怒る人はいない。一度前の組が見えずに打った球が、グリーン上でパットしている人の足元まで転がった事があった。ヒアっとして散々誤ったが、彼らはあけらっかんとしていて、むしろ「Nice shot!」と言われたのには恐縮した。

現地の人と一緒に廻る事も良くある。(片言英語だが)話していると、何処のゴルフ場がいいとか、近くのビール工場の作り立てが美味いとか、貴重な情報源になる。一緒に廻ったからと言って、相手のスコアを確認する慣習もない。

Monday, 23 February 2026

自然と共存する国

 オーストラリアは自然に溢れた国である。ゴルフ場には野生のカンガルーやウォンバットなどが生息してる。ヘビもいるからブッシュに入ったボールは取りに行かないようにしている。カンガルー家族にカメラを向けると、立ち上がって警戒するお父さんの横で寝そべる子供の姿が何とも可愛らしい。

コースには動物のフンが落ちているから、ハエがやたらに多い。打とうと構えると顔に群がるので集中出来ないからイライラする。ところが一緒に廻るオーストラリアの人は全く気にしない。これもお国柄なのかと改めて思った。

一方で自然に纏わる事故も多い。滞在している間に13歳の男の子が、サーフィン中にサメに襲われて死亡する事件が起きた。場所はシドニー近郊のボンダイビーチで、暫く前にユダヤ人が襲撃された場所でもあった。追悼式には多くのサーファーが集まり、ボードに乗って輪を作り偲んでいた。

崖から海に飛び降りて大けがをしたり、相変わらず高温から発生する森林火災も後を絶たない。メルボルンからグレート・オーシャン・ロードに行く道が火災で閉鎖されていた。山道を迂回したが、遠くで立ち上る黒煙が見えた。動物の犠牲も多く、特にコアラは逃げる時に木に登るから焼死する話を聞いて胸が痛くなった。

野生動物の交通事故も多い。運転しているとよく鳥や動物の死骸を見る。コアラに衝突した時だけは、警察へ報告しなくてはいけないようだ。

Sunday, 22 February 2026

楽しい全豪テニス観戦

初めて全豪オープンテニスを観に行った。ウインブルドンやローランギャロスとはちょっと違った会場の規模に、オーストラリアらしさを感じた。

まずレストランの多さ、広大な敷地に各種料理とビール会社の出店が軒を連ねて、子供向けのテニス遊戯も用意されていた。高額なロッド・レーバー・アリーナなどのチケットを買わなくても、寝そべって大きなスクリーンを見て一日を過ごせるのであった。

スポンサーの競演も華やかだった。ボールボーイから清掃人まで、大会の係員の人は皆ラルフローレンの服に身を包んで、ニューバランスのシューズで決めていた。選手も今年はルルレモンのウェアが目立ち、フェルナンデスやティアフォーが着ていた。その他アルカラスがナイキ、ジョコやラコステ、シンフォテックがONなど、それが強い太陽の下に映えるのだった。

試合は男子が本命のアルカラスがジョコビッチに、女子はレバキナがアゼランカに勝った。女子はどちらもロシアとベラルーシの出身であった。準決勝でアゼランカがウクライナのスビトリナと当たり、二人が試合後握手もせずにコートを去ったのが印象的だった。

期間中、テレビのコマーシャルも愉快だった。93年に全豪を連覇したアメリカのジム・クーリエがUber Eatsの運び人(Courier)に扮したり、パット・ラフターが栄養剤のCMに、それをダブルスの名手Woodbridgeが解説したり・・・。オーストラリアテニスの英雄ヒューイットの息子のデビューも話題になったし、大坂なおみのレース衣装も受けた。彼方の人は本当にこういった演出が上手い。

Saturday, 17 January 2026

医療制度に一言

予てより社会保障費の負担が問題になっている。維新の吉村さんがよく例に出すが、「年収350万円の人が払う保険料が50万円、企業の負担分も50万円だから、計100万円も掛かる!」である。これは常軌を逸するバランスである。

家の近くに整骨院があるが、朝から整体で順番待ちで並ぶ年寄りが多い。その多くが保険適用が利くマッサージらしい。友人の医者が「病院に来る患者の5人に4人は来る必要のない人だ!」と嘆いていた。今や病院は年寄りのサロンである。こんな人の為に、高い保険料を払っているかと思うと腹が立つ。  
 
個人的な事になるが、幸いにも今まで大きな保険のお世話になった事がない。せいぜい歯医者か定期健診位である。その代わりに運動はよくする。ゴルフやスキーは勿論、テニスに至っては2日に1回は倶楽部に行っている。だからお金も掛かる。健康維持に頑張って殆ど保険を使わないのに、そうでない人と同等の負担を強いられる不公平感がある。

今の保険制度の基本は「病気になったらどうするか?」である。しかし「病気にならないようにするにはどうするか?」がもっと大事だ。スポーツや食の管理で、クスリにお世話にならない人の保険料は安くするべきだ。病気にならないように努めれば、毎朝ラジオ体操に出る人は増えるだろうし、何より人々の生き方が前向きになる。結果国庫の出費も減るのである。

日本の社会保障関係費は37兆円、国家予算の33%を占めている。ここまで膨らんで来たのは、医療をタブー(聖域)視したのも大きい。東日本大震災の復興やLGBT(性的少数者)の議論もそうだが、世の中(特に役所)では正面から反対できないタブーが沢山ある。医療はその代表格で、「この薬に保険が適用されなければ死んでしまいます。死んでもいいのですか?」と聞かれれば、反対できる人なんているはずもない。

日本人はこのタブーに弱い。しかしもっと現実的になれば、そんな一方的な議論にはならないはずである。

それからもう一つ、健康は元来自分で管理するのに、いつの間にか行政任せになっている風潮も気になる。以前親が介護のお世話になった時、階段や風呂場の手すりまで90%の保険が適用されたのにビックリした。それは有難い事だったが、国の過剰サービスに国民がマヒする主客転倒が起きている。

思えば昔は保険制度なんてなかった。それでも何とかやってきたのが人間である。原点に返ればお互い助け合いの社会、他人との新たな繋がりも出て来よう。そろそろ考え直すいい頃かと思っている。

Sunday, 11 January 2026

赤穂浪士の時代

 毎年12月になると、何故か14日の赤穂浪士討ち入りに思いを馳せる。主君の恨みを晴らすリベンジ劇は痛快で、忠君とは全く無縁なのに不思議と血が騒ぐ。泉岳寺にも何度か足を運んだが、時を経てもその志は色褪せない。


その忠臣蔵であるが、今まで沢山の映画があった。どれを観ても飽きないが、特に東映が作った1961年の「赤穂浪士」は素晴らしかった。白黒の古さもなく、その後の現代風もなくてちょうどいい。その冒頭に素晴らしい語りがあったので、暇に任せて文字を越してみた。

「花の雲、鐘は上野か浅草か」(芭蕉)、元禄の春、家康海内(かいだい)を制し既に100年、幕府の大樹も5代を君し、外の辺境を伺う敵国もなく、内外正平(ないがいしょうへい)、上下艾安(しょうかがいあん)、世は挙げて太平の一楽に酔いしれ、華奢風流(きゃしゃふうりゅう)、武士にあっては
縷金彫刻(るきんちょうこく)の美を誇る細身の大小に憂身を窶す(うれみをやつす)折花攀柳(せっかはんりゅう)の京・・・。

難解な四字熟語が続くが、美しく洗練された日本語にうっとりとしてしまった。何より品があった。ゆったりとした江戸の雰囲気も伝わって来て、今より民度が高かった気もした。時は元禄14年、1701年であった。

Thursday, 8 January 2026

アメリカの斬首作戦

年明け早々、アメリカがベネゼイラの大統領を捕獲する事件があった。人質の奪回はよくある話だが、現職大統領の拉致は前代未聞であった。麻薬や石油の利権が絡んだ背景があったようだが、改めてアメリカの軍事力には驚かされた。


マスコミはこれを、斬首作戦(Decapitation strike)と呼ぶ。ただでさえも台湾有事が大きな関心毎になっている時期である。中国による同様の作戦が施行されるのだろうか?誰もが頭を過ったのに違いない。

その作戦を司ったのがデルタフォースという。映画ではよく出て来る言わずと知れた精鋭部隊である。昔のチャック・ノリス演じた奇襲映画で楽しませてもらった。最近ではパキスタンに隠れていたビンラディン殺害もあった。映画「Zero Dirk Thirty」で再現されていたが、ただ此方は海軍のNavy SEALSだった。デルタフォースは陸軍で、両者に微妙な棲み分けがあるようだ。

これからアメリカによる傀儡政権(Puppet government)が始まるのだろう。思えば大国はこの強権をよく使ってきた。満州国や第二次大戦のビッシー政権、バルカン半島やソ連時代の衛星国、昔のイランやシリアなどもそうだった。歴史は繰り返すというが、久しぶりにリアルな国際政治に触れたのだ。

Monday, 5 January 2026

老後の移住先

International Livingの生活誌による「リタイア後の移住先ランキング」が発表された。医療、住宅、査証、気候などで配点すると、一位がギリシャであった。ギリシャは一昨年旅したのでその理由が頷けた。

確かに物価は安いし治安もいい。ギリシャはひと頃、財政難で荒れていた。EUから改革を求められ、公務員の削減や年金の見直しを行った為だった。ただ今では観光で立ち直ったのでその心配はない。何より海と共生する国だから、豊富な魚介の食生活は魅力的である。スペインやフランスのような貴族文化もなく、気軽に滞在できる雰囲気がある。


トップ10の内5つがヨーロッパの国であった。4位にポルトガル、6位にイタリアが入った。いずれも物価が安いのが特徴である。ただポルトガルはポルトとリスボンの二大都市はいいが、その他の町は何か寂しい感じがした。一方イタリアは食事も美味しいし、言葉さえ問題なければ過ごし易いかも知れない。時々1ユーロで売りに出ている家もあるので気になっている。

ヨーロッパを旅していると、ルーツ探しにやって来たアメリカ人の若者に出逢う事がある。彼らの祖先が住んでいた場所に立って思いを馳せるのであるが、移住もその里帰りの延長かも知れない。

若い頃は住むならフランスだアイルランドだと考えた事もあった。色々調べた結果、コートダジュールの港町マントン(Menton)は理想だった。イタリア国境にも近くサンレモまで直ぐで、フランスとイタリア両方楽しめるからである。夏は勿論、冬もナポレオン街道で北に上がればアルプスのスキー場に行ける。

しかしそんな思いも昔の事になった。アジア人にとっては、ヨーロッパは何も関係ない土地だと分かった。せめて信州の山奥ぐらいがちょうどいい、今日この頃である。