シャルリ・エブド(Charlie Hebdo)襲撃はとてもショッキングな事件だった。白昼に新聞社が襲われ多くの記者が命を落とした。それだけでなく、有史以来続いているキリスト教とイスラムの対峙を、一番上手く融合していたパリで起きたことだった。それを何より感じたのは他ならぬフランス人だった。だから300万人を超える、しかも大統領はじめ多くの各国首脳がスクラムデモを組んだ。
シャルリ・エブド誌は昨日事件後の第一号として発刊した。その表紙はJe suis Charlie(私はシャルリ)で、Tout est pardonné(全てが許される)と書かれていた。その意味を巡って色々な解釈が成されているが、とある記事に共鳴した。その意味するところは、私は政教分離主義者(Je suis laicil)ということだった。これは当たっていると思った。ただ一方、「全てが許される」に至っては謎だ。罪を許すというキリスト的な意味から、出版の自由を指しているとも云う人もいた。
日本でも馴染みのビゴーの風刺画など、フランスには昔から漫画文化に長けていた。冒険家タンタンはその代表だ。その素地は非好戦的な国民性である。戦うよりも、美食、ファッション、延いては愛に生きることこそが本道と思っている。だから描いた漫画は滑稽に見えるし、他人事のように捉える。私なりに解釈すれば、コラムの気持ちは、Je suis français (私はフランス人)なのだろう。
Thursday, 15 January 2015
Wednesday, 14 January 2015
鹿児島の温泉と焼酎
鹿児島は日本の中でも、最も旅のし甲斐がある県だ。何といっても温泉が多い。有名な霧島、指宿だけでなく、車を走らせれば至る所に温泉に出くわす。勿論泊まる宿はどこも温泉付きだ。当然朝晩入るので、とても昼の立ち寄り湯まで入る気がしない。
温泉の数に匹敵するのは焼酎蔵の数だ。これも至る所にある。遂々立ち寄り、試飲しては買ってしまう。今は2本ほど買えば無料で送って貰えるので有難い。夜は当然焼酎の飲み比べが始まる。水と空気が違うせいか、流石本場で飲む味は別格だ。その酒の肴はきびなご、カツオのたたき、黒豚の蒸籠蒸し、地鶏・・・中でも揚げ立ての薩摩揚げはここならではである。
そして自然も豊かだ。出水の畑では、一万羽を超える鶴が畑で羽を休めていた。世界一の鶴の渡来地で、マナヅルに至っては世界の6500羽の内半分がここで冬を越すと言う。美しい南対馬の海岸線を見ながら、旅の実感を楽しんだ。
温泉の数に匹敵するのは焼酎蔵の数だ。これも至る所にある。遂々立ち寄り、試飲しては買ってしまう。今は2本ほど買えば無料で送って貰えるので有難い。夜は当然焼酎の飲み比べが始まる。水と空気が違うせいか、流石本場で飲む味は別格だ。その酒の肴はきびなご、カツオのたたき、黒豚の蒸籠蒸し、地鶏・・・中でも揚げ立ての薩摩揚げはここならではである。
そして自然も豊かだ。出水の畑では、一万羽を超える鶴が畑で羽を休めていた。世界一の鶴の渡来地で、マナヅルに至っては世界の6500羽の内半分がここで冬を越すと言う。美しい南対馬の海岸線を見ながら、旅の実感を楽しんだ。
Tuesday, 13 January 2015
ビゴーの風刺画
旅の途中で読んだ清水勲著「ビゴーが見た明治ニッポン」は面白かった。ビゴー(Georges Ferdinand Bigot)は明治初頭に日本に来たジャーナリストだった。17年に渡り、漫画で当時の日本をフランスに伝えた。カメラが普及していなかった時代、その目線描写は今見ても面白いものがある。
例えば靴である。一気に文明開化した日本人は挙って丁髷を切り、和服から洋風に衣替えした。一見西洋化したように見えたが、一番苦痛だったのは靴だった。今でもレストランやオフィスでこっそり靴を脱ぎリラックスしている人は多いが、当時はもっといた。それを見付けたのはビゴーだった。また混浴や女性が胸を出すのが恥ずかしいと思わなかった文化もあった。家で威張る男が公娼女とは微妙な関係になる。中々外からでないと気が付かない日本を残していた。
先週はパリで風刺画の新聞社が襲撃された。驚いたのは早速大統領や各国の首脳始め300万人を超える人がデモを行ったことだ。宗教、フランスの自由も沙流ことながら、フランスの風刺画に秘める人々の思いは想像以上のものがあった。当時もビゴーは皮肉って面白可笑しく日本人を描いていた。ただその滑稽さこそがフランス人のような気もした。今回の事件の本質もそういう観点から暫し考えてみたい。
例えば靴である。一気に文明開化した日本人は挙って丁髷を切り、和服から洋風に衣替えした。一見西洋化したように見えたが、一番苦痛だったのは靴だった。今でもレストランやオフィスでこっそり靴を脱ぎリラックスしている人は多いが、当時はもっといた。それを見付けたのはビゴーだった。また混浴や女性が胸を出すのが恥ずかしいと思わなかった文化もあった。家で威張る男が公娼女とは微妙な関係になる。中々外からでないと気が付かない日本を残していた。
先週はパリで風刺画の新聞社が襲撃された。驚いたのは早速大統領や各国の首脳始め300万人を超える人がデモを行ったことだ。宗教、フランスの自由も沙流ことながら、フランスの風刺画に秘める人々の思いは想像以上のものがあった。当時もビゴーは皮肉って面白可笑しく日本人を描いていた。ただその滑稽さこそがフランス人のような気もした。今回の事件の本質もそういう観点から暫し考えてみたい。
Monday, 12 January 2015
出水の海軍司令部
知覧、鹿屋、出水、万世、桜島・・・、南九州を旅すると未だ多くの戦地跡が残っている。知覧、万世は陸軍、鹿屋、出水は海軍、何れも航空機の滑走路を持っていた場所だ。今では農地や住宅地になっているが、微かに当時の痕跡が残っている。目を閉じれば滑走路や兵舎の風景が蘇ってくる。陸軍はドイツから技術輸入した空冷エンジンの飛燕、一方海軍は三菱のゼロ戦・・・どちらも競うように配置されていた。
戦争の様相が変わったのは特攻だった。陸軍1000機の特攻の内、半分は知覧から飛んで行ったという。知覧の歴史館に行くと、特攻は昭和20年(1945年)4月以降と記されたいた。後4か月待っていれば、若い命が救われたかも知れない。一方で、彼らの志があったころこそ戦争が終わったのだという複雑な気持ちも残った。
知覧、万世は戦後に有志が立派な場所を作った。その為遺書や引き揚げられた戦闘機が展示されていた。ただ出水は海軍司令部跡だけがひっそり残っていた。外は小高いが、地下の司令部は中々分かり難い場所だった。本物は不思議とDNAを呼び戻す。当時をもっと残して置いて欲しかった。
戦争の様相が変わったのは特攻だった。陸軍1000機の特攻の内、半分は知覧から飛んで行ったという。知覧の歴史館に行くと、特攻は昭和20年(1945年)4月以降と記されたいた。後4か月待っていれば、若い命が救われたかも知れない。一方で、彼らの志があったころこそ戦争が終わったのだという複雑な気持ちも残った。
知覧、万世は戦後に有志が立派な場所を作った。その為遺書や引き揚げられた戦闘機が展示されていた。ただ出水は海軍司令部跡だけがひっそり残っていた。外は小高いが、地下の司令部は中々分かり難い場所だった。本物は不思議とDNAを呼び戻す。当時をもっと残して置いて欲しかった。
Sunday, 11 January 2015
007 You Only Live Twice
I visited the location spot for 007 movie “
You Only Live Twice”. It was a film in 1964 a year of Tokyo Olympic. It locates
at Kagoshima of South Kyushu where is very isolated fishing village. It is now famous
for bonito fishing port. Prior to the filming, they said the staff hired a helicopter
to look for the typical Japanese fishing village from the sky and found a very
beautiful area.
It was only 007 movie that was taken in Japan before and after. Sean Connery and actress Hama Mie were so beautiful and flash! There were explosion of base under the big lake and Ninja training scean.
Japanese title of the movie was “ You Die Twice(007は2度死ぬ)” It was a little bit different from the original title. How this miss translation to come? Iran Fleming adopted original sentence from poet Mastuo Basho that a man recognize his living when he was born and in the face of death. So the meaning would be you realize your living just before you die.James Bond is still alive. He only lives thrice.
It was only 007 movie that was taken in Japan before and after. Sean Connery and actress Hama Mie were so beautiful and flash! There were explosion of base under the big lake and Ninja training scean.
Japanese title of the movie was “ You Die Twice(007は2度死ぬ)” It was a little bit different from the original title. How this miss translation to come? Iran Fleming adopted original sentence from poet Mastuo Basho that a man recognize his living when he was born and in the face of death. So the meaning would be you realize your living just before you die.James Bond is still alive. He only lives thrice.
Sunday, 4 January 2015
心の旅路(Random Harvest)
年の瀬、TVで記憶を無くした男の話を放送していた。50代の彼は自分が誰だか分からない。でも子供時代の記憶は鮮明だ。通った小学校や住んでいた街に行くと、はっきり覚えている。
人と話していると、「あれあれ・・・」が多くなった。会った人の名前、行った場所の固有名詞が出てこないからだ。誰しも若い頃の記憶は残っているが、昨日のことは直ぐに忘れてしまう。それが老いというものだ。それが酷くなると、痴呆やアルツハイマーの病気になる。10年程前に「明日の記憶」という映画があった。渡辺謙と樋口可南子が夫妻を演じ、50歳を過ぎたサラリーマンの記憶が薄れるストーリーだった。食堂で戻るはずの自分の席を、取引先に行ったつもりが、ふとどこに向かっているのか忘れてしまう。何気ない日常に、とても他人事とは思えない迫力があった。
一方、記憶を取り戻す映画もある。好きなのは、何といっても「心の旅路(原題:Random Harvest)」である。記憶を無くした士官を助けた踊り子が男を支える。彼が記憶を取り戻し大会社の社長になると、秘書になって献身的に記憶が回復するのを待ち続ける。最後はひょんなことから記憶が蘇り、妻である彼女を思い出してハッピーエンドを迎える。記憶を無くすのは家族にとって辛いだけに、蘇る感動も大きくて、何度見ても涙してしまう。
人と話していると、「あれあれ・・・」が多くなった。会った人の名前、行った場所の固有名詞が出てこないからだ。誰しも若い頃の記憶は残っているが、昨日のことは直ぐに忘れてしまう。それが老いというものだ。それが酷くなると、痴呆やアルツハイマーの病気になる。10年程前に「明日の記憶」という映画があった。渡辺謙と樋口可南子が夫妻を演じ、50歳を過ぎたサラリーマンの記憶が薄れるストーリーだった。食堂で戻るはずの自分の席を、取引先に行ったつもりが、ふとどこに向かっているのか忘れてしまう。何気ない日常に、とても他人事とは思えない迫力があった。
一方、記憶を取り戻す映画もある。好きなのは、何といっても「心の旅路(原題:Random Harvest)」である。記憶を無くした士官を助けた踊り子が男を支える。彼が記憶を取り戻し大会社の社長になると、秘書になって献身的に記憶が回復するのを待ち続ける。最後はひょんなことから記憶が蘇り、妻である彼女を思い出してハッピーエンドを迎える。記憶を無くすのは家族にとって辛いだけに、蘇る感動も大きくて、何度見ても涙してしまう。
Saturday, 3 January 2015
ヒットラーとHフォード
2015年が明けた。元旦は寝坊した。何気なくTVを点けるとポーランドの強制収容所発掘のドキュメンタリーをやっていた。新年にしてはあまり相応しくない番組とは思いつつ、遂々見入ってしまう。すると今度はヒットラーと第2次対戦が始まった。フランスデュー(France2)が作っただけあり、中々良く出来ていた。
面白かったのはヒットラーの支持者だった。例えばミュンヘン一揆で投獄された時に「我が闘争(Mein Kampf)」を書いたことは有名だが、その紙を提供したのはワーグナーの娘だった。またヒットラーは反ユダヤ主義(Anti-Semitism)で有名だが、その賛同者だったヘンリー・フォードから多額の資金提供があり、ナチスは彼に最初のドイツ鷲十字勲章(Grand Cross of the German Eagle)を贈った。その後のアメリカを考えると想像も出来ないが、そんな時代があった。
この冬休みに入る前に、本屋でジョン・ピムロット著「地図で読む世界の歴史、第2次世界大戦(The Histrical Atlas of WWII)」を買って来た。秘かに部屋に籠り、歴史の検証をやっていた矢先だったので、尚更タイミングが良かった。
面白かったのはヒットラーの支持者だった。例えばミュンヘン一揆で投獄された時に「我が闘争(Mein Kampf)」を書いたことは有名だが、その紙を提供したのはワーグナーの娘だった。またヒットラーは反ユダヤ主義(Anti-Semitism)で有名だが、その賛同者だったヘンリー・フォードから多額の資金提供があり、ナチスは彼に最初のドイツ鷲十字勲章(Grand Cross of the German Eagle)を贈った。その後のアメリカを考えると想像も出来ないが、そんな時代があった。
この冬休みに入る前に、本屋でジョン・ピムロット著「地図で読む世界の歴史、第2次世界大戦(The Histrical Atlas of WWII)」を買って来た。秘かに部屋に籠り、歴史の検証をやっていた矢先だったので、尚更タイミングが良かった。
Subscribe to:
Posts (Atom)

.png)

.png)